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しかも、入江くんは声が大きいのでイヤでも目立つ。
「ねねね、麻衣! この人だれ? どういう関係? あ、もしかして彼が!?」
「ええっ!? ちょっと佳菜ちゃん! ……ゴメンね、入江くん。この子、今井佳菜ちゃんっていって、さっき友だちになったばっかりなの」
「へえ……、どうも。オレ、入江史也っす。よろしく」
「今井佳菜でっす☆ ……んで? 麻衣とはどういう関係なのさ? ね? ね?」
佳菜ちゃんはオモチャにするターゲットを、わたしから入江くんに切り替えたらしい。
「……え? コイツは……その……」
「ただの、大学の同級生、だから! ねっ?」
「あー……、うん……まあ」
入江くんが何を言おうとしたかは分からないけれど、わたしは彼が余計なことを言う前に予防線を張った。
佳菜ちゃんのことを信用できないわけじゃないけど、あまり根掘り葉掘り訊かれて、あのことまで彼女の耳に入るのはイヤだったのだ。
「あー、そうなんだ? 同期なんだし、仲よくしよ、入江くん」
「……おう。――ところで矢神、お前の配属先は?」
……そうだった。彼はわたしの配属先を訊きに来たんだった。
「わたし、人事部の秘書室配属になったんだ。佳菜ちゃんはおんなじ人事部だけど、労務課だって。入江くんはどこに配属されたの?」
「オレか? 総務課。元ラガーマンのオレにはピッタリじゃねえ?」
「へえ、総務課ねえ……。あのさぁ、入江くん」
入江くんの配属先を聞いた佳菜ちゃんが、何かを思い出したみたい。
「? 何だよ?」
「総務課でさ、去年の三月までパワハラ問題があったの知ってる?」
「パ……っ、パワハラぁ!? そんなんあったのか!? それってヤベぇじゃん!」
途端に入江くんの顔色が変わった。無骨なように見えて、意外とデリケートな人なのだ。
「その反応だと、知らなかったみたいだね。安心しなよ、その時のパワハラ課長はもう会社辞めちゃって、今は別の人が課長になってるらしいから」
「そっか、ならよかった。……ん? ちょっと待てよ。その課長って会社辞めたのか? クビんなったんじゃなくて?」
「うん。何でも、会長さんが慈悲かけたらしいよ。クビになって退職金出なかったら、ご家族がかわいそうだって。本人にも前を向いてほしいから、ってさ」
「へえ……、そうなんだぁ」
わたしはまだ壇上にいる絢乃会長をチラッと見た。
あのパワハラ問題のことは、入江くんは知らなかったみたいだけどわたしは憶えている。会長自ら公表することを決めて、記者会見までやっていたのだ。
あの会見の時、会長は「対応が甘い」と記者の人たちからかなり非難されていたけれど、翌日には世間の評価がコロッと変わっていた。
それは、絢乃会長が誠心誠意の対応をしたからではないかとわたしは思う。
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