22人が本棚に入れています
本棚に追加
プロローグ
――四月は始まりの月。草花が芽吹き、穏やかな日差しに包まれる中、新年度が始まる。
日本屈指の大企業グループ・〈篠沢グループ〉も新しい年度を迎え、その中枢である総合商社・篠沢商事には今年も百人近い新入社員が入社した。
わたし、矢神麻衣もそのうちの一人。今日は四月一日。待ちに待った入社式の日だ。
父から入社祝いに贈られた真新しいグレーのフレッシャーズスーツに身を包み、これも母からの入社祝いである黒のパンプスを履いて、バッグを肩から提げたわたしは胸を弾ませながらメトロ丸ノ内線の東京駅の改札を抜けた。
「……はぁーー、わたしも今日から社会人か。よしっ、頑張ろ!」
地上に出ると、わたしは小さくガッツポーズをした。
篠沢商事は東京都心のオフィス街・丸ノ内に本社を構え、東証にも一部上場している一流企業。そんなすごい会社で働けることが、わたしは嬉しくて仕方がない。
入社試験に先立って行われた会社説明会で、社内の人たちが生き生きと楽しそうにお仕事をしている姿に感動した。みんなキラキラ輝いていて、「この会社の一員です!」と誇りを持っているように見えたのだ。
わたしは面接試験の時、一応は暗記したマニュアルどおりの回答をしようとしたけれど緊張して途中で忘れてしまい、ひどく焦ってしまった。
でも、落ち込むわたしを見た面接官の人事部長さんが、優しくこうおっしゃったのだ。
「マニュアルどおりの志望動機より、私はあなたの心からの言葉が聞きたいです。思ったとおりの志望動機を聞かせて頂けませんか?」
「……はい。わたしは以前、御社の会社説明会に伺った時に、社員のみなさんが楽しそうに生き生きと働いていらっしゃる姿を拝見しました。その時に思ったんです。わたしもこの中の一員になりたいな、って。この会社でぜひ働かせて頂きたいな、って。それがわたしの志望動機です」
マニュアルどおりの回答よりも、わたしの本当の志望動機を聞いた時の方が、人事部長さんは嬉しそうだった。終始ニコニコして、わたしの話に耳を傾けて下さっていた。
そこで、わたしは気づいたのだ。この会社に求められている人材は、何でもかんでもマニュアルに沿ってこなす人じゃなく、きちんと自分で考えて、自分の意見をはっきり言える人なのだと。
社員は駒なんかじゃなく、この会社では一人一人がちゃんと血の通った、感情を持った〝人〟なのだ、と。
そしてわたしは、オニのように倍率の高いこの篠沢商事の入社試験に合格し、めでたく内定をもらい、今日という日を迎えることができたのだ。
最初のコメントを投稿しよう!