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その宵、風呂敷包みに絵描きの道具入れて猫茶屋に現れた旦那を、茶屋の主人は値踏みするように眺めた。
若紫に聞いた通り、こざッぱりした仕立ての良い着流しを着込んで少々めかしたのはどうやら功を奏したようで、主人は途端に相好を崩す。
金を持っていそうかどうか……旦那はどうやらお眼鏡にかなった様だ。
「おっと旦那、猫は外で待たせておくんなさい」
茶屋の主人が言うので、妾は外に放り出されちまッた。
でも笠木を昇りゃ外から中を拝める。
あの世間知らずを一人にするのはどうにも不案内で、妾は植え込み伝って笠木……ベランダみたいなもんさね、其処に上がって旦那を見付けた。
現代のお人は女郎なぞすぐに褥で睦み合うと思ってなさるようだが、そいつは如何にも野暮天ってモンだ。
座敷に上がったら先ずは酒宴、格の高い遊女は芸事見せて酒を薦めて存分に楽しんでから、いざッてなもんでさァ。
旦那の座敷にも酒宴の仕度は有りましたが、旦那そいつにゃ目も呉れずしきりに絵ばかり描いてなすった。
「慎さんは絵が上手だねェ」
若紫が褒めると、旦那は少しばかり困った顔に成った。
「師匠からはお前の絵には色気がねェと言われてな。上手い下手だと云うのなら、下手ではないが色気が無いと。俺にはどうにも其れが解らぬ」
「何だい、それで妾の絵を描こうと?」
こくりと頷く旦那を見て、若紫は更に婀娜っぽくしなをつくる。
「妾はそんなに色気が有るかい?」
「や……その……」
おたおたと狼狽えると、若紫はまたからからと笑う。
「全く、可愛いお人だよ」
呟いて、少しばかり寂しい目をしたのを妾は見逃さなかった。
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