泥棒猫

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「ねェ慎さん、(あたし)にも大事な絵が有るのサ」 若紫は懐から一枚の紙を取り出して、旦那に見せる。 「これは……師匠が描いた俺の絵だ!」 そこには旦那にそッくりな絵姿が有った。 額の蝶々みたいな痣、弱腰だけど器量の悪くない顔。 「あぁ、矢張り旦那なんだねぇ。昔、東風(とうふう)先生が呉れた絵なんだ。でも、昔に描かれた絵姿と今の慎さんがそっくりなのは何でなんだい?」 「それは拾幾年か前に東風師匠が、俺の大人に成ったのを予想して描いた絵だからだ。ほんの戯れだったが、とても善く描けたと言っていたのだが、真逆(まさか)其方(そなた)の手にあるとは」 「はァ! ようやく合点がいったよ!」 全ての辻褄が合ったと言わんばかりに若紫が晴れやかな顔になる。 旦那はその顔を見て、目を細めた。 「善いな、その顔」 筆を走らせて描く。 只管(ひたすら)に全てを写し取ろうとする様に、幾枚も幾枚も描くうち時間はどんどん過ぎていった。 「いやぁ、善い絵が描けた心持ちがする。其方(そなた)には何か礼をしたい。昼間の事といい、絵の事といい」 何でも云ってくれと言うと、若紫は()っと旦那を見てから耳元に顔を寄せて囁いた。 「ならば一晩、今夜だけ……抱いておくんなし」 「なっ……なななっ……!」 女郎屋に来て女抱くなぞ当たり前の事なのだが、この野暮天と来たら絵を描く事しか頭に無かったようで、大層狼狽えた。 「慎さん……後生だよ。今夜だけ、アンタの誠が欲しいんだ」 酷く切ない声で若紫が言うと、何か事情があると踏んだのか旦那も大人しくなる。 「俺はその……」 「善いのサ、(あたし)が全部してあげる。慎さんは身を任せて呉れれば其れだけで……」 す……と次の間の襖を開けて、若紫が旦那を連れて行く。 敷いてある布団が見えて、暫く後に睦み合う声が聴こえた。 猫だって寝子(ねこ)だって、遣る事ァさして変わらない。 盛りが付けば同じさね。
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