泥棒猫

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三ツ木慎之介さま この文を貴方様が読む頃、私はもう此の世の者では亡いでしょう。 私は今でこそ遊女(あそびめ)でありますが、抑々(そもそも)は武家の子女で御座いました。 名も(ゆかり)と申しまして、若紫(わかむらさき)の名は其処から来ております。 父が辻斬りに会い、兄は仇討ちに行くも戻らず家禄は没収。 母を早くに亡くしていた私は、()む無く此のような身分に成ったので御座います。 私の心の支えは父の友人であった東風先生より頂いた、貴方様の絵姿だけで御座いました。 絵姿の殿方に焦がれ、叶わぬから他の男に抱かれるのだと夢想すればどうにかこの苦界(くがい)を生き抜く事が出来たのです。 然し或の日、私は貴方様と出会ってしまった。 焦がれ続けた殿方の本当に。 其うして触れた貴方様の初心(うぶ)な処に惹かれ、肌を重ねた。 此れで終わりと決めたのですが、どうにも一度灯った焔は消えず貴方様を求め身を灼きます。 されど、私は既に身請けの決まった身。 このまま請け出されれば(めかけ)の身になる私は、貴方様と会うことすら叶わぬでしょう。 男の極楽、女の地獄、この苦界がいつまで続くかと思うと堪えられませぬ。 この細首を括って、全てを終わらせようと思います。 私のせめてもの心として、貴方様の絵姿とこの(かんざし)を慎之介さまにお渡ししとう御座います。 簪は形見と申しますから、どうぞ御心の片隅に私を置いて頂けますよう御願い申し上げます。
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