地図にない町 1

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 建物の中に入ると小さな開閉式の窓のあるカウンターと、同じような大きさの本が詰め込まれた本棚があった。本の背表紙は日に焼けてほとんど見えなくなっている。受付の小さな窓には「すぐ戻ります」と書かれた紙が貼ってあった。紙も色あせてはいないし、古いものでは無さそうだ。 「人、いそうだね」 「ん」 「とりあえず近くを見てみようか。虫いるかも」 「外は変な音する」 「大丈夫だよ、多分」  ナツは山から響く奇妙な音を防犯装置か何かだと考えていた。あれだけ自然の残る山なら虫は確かにいそうだが、あまり立ち入りたくはない。オコはナツの様子を見て苦笑した。 「わかった。じゃ、山の方には行かないでさっきあった別の建物でも見に行こうか」  ナツは小さく頷いた。彼はオコのリュックを掴んだまま歩く。「歩きにくいんだよなあ」とオコはボヤいたが振りほどきはしなかった。道路を挟んで向こう側にある建物は鍵もきっちり閉められていて、人が出入りしている気配もなかった。ガラス張りの引き戸から中を見ると乱雑に何かの道具が置かれている。刃物のようなものや、大きなシャベルが見えた。  特に何の収穫も得られず八角形の屋根の建物に戻ると、脇の水道で履いたままの長靴に水をかけている男がいた。この暑い中長袖の白いシャツに長ズボン。つばの広い帽子を被っている。男は水を止めて首にかけたタオルで汗を拭きながら顔を上げた。オコとナツと目が合った。
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