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薬屋アリス
3月のある日のことだった。
アルバートは、とにかく困惑していた。
「薬屋?アリス?僕は婆ちゃんの家に来たはず……」
そう、自分は祖母の見舞いに来ただけなのだ。いつも通り、祖母の家のドアを開けただけ──しかし中に祖母はおらず、代わりに小さな少女が呑気にクッキーを齧っている。
歳は12、3歳くらいだろうか? 銀糸のような髪を緩く1つに束ねていて、瞳は新緑のように瑞々しい緑色──空色のワンピースとフリルのエプロンがよく似合っている。
くしゃくしゃの赤毛に、空豆色の瞳──色褪せた赤いぼろけたシャツにと、ぼろけた石炭色のズボンと靴の自分とは大違いだ。
「なにをお探しかしらね?」
なんでも作れるわよ、と少女がアルバートの手を引く。
「あなた若そうだから、惚れ薬とか?それとも、いい夢がみられる睡眠薬?」
ぶつぶつと言いながら、少女はそんなに広くもない店内をぐるぐるとアルバートを連れ回した。
おかげでアルバートは、部屋の壁中に所狭しと積まれた異形なものを見て吐き気を催したり、美しいものに魅入ってしまったりと大忙しだった。
一通り店内を回った後、少女が言った。
「お決まりになった?」
アルバートは少女の前に跪いて、努めてゆっくりと言った。
「お嬢ちゃん、僕は薬を買いにきたわけじゃない」
「私アリスよ」
アルバートの言葉など意に介さない様子で、アリスは笑う。
「あなたの用事や事情なんて知ったこっちゃないわ。あなたはお客よ。じゃなきゃベルは鳴らないもの」
だめだ……会話にならない。
アルバートは頭が痛くなってきた。
「帰らせてもらうよ」
さあ、こんな馬鹿馬鹿しい店からはさっさとおさらばしよう。
アルバートは立ち上がって、猫のような……犬のような……歪な形のドアノブを引き、店の外に出た。
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