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青い
山手線の喧騒から離れ、乗り遅れた僕のことまで待ってくれるようなローカル線を暫く進んだ先の車窓に青い芝生が飛び込んだ。僕はそこに大の字になって寝てみたかった。故郷を飛び出してから九年の月日が流れていた。
さっきみた芝生に寝転がって目を瞑った。昨日の雨でその青い絨毯は湿っていた。だが、そんなことはどうだっていいんだ。たとえ洋服の青山で新調したワイシャツが汚れても、気にはしない。優しい風が頬をなでる。ここの時間は都会より幾らかゆったりと過ぎるようだ。
不意に気配がして目を開けると、隣に高校生くらいの少女が寝ていた。彼女は聡明そうな額に青チャートを携えていた。彼女からは柔軟剤の気配がした。
「おじさん、そこ私の定位置」
少女は言った。僕は謝ったが、動こうとはしなかった。僕は石になって風景と同化したかったのだ。空を青蜻蛉が流れていた。
「僕はここ以外に居場所ないんだよ」
彼女にはそんなことお構いなしだろうと思ったが意外にも彼女は
「わかった」
と言ったきり傍で同じように雲を眺めていた。
「おじさん見ない顔だね」
「東京から逃げてきたんだよ。何もかも放ってね」
「いいなぁ。東京」
彼女はそれから暫く僕の身なりを点検してからぽつぽつと喋り始めた。
「私も将来は東京行きたいなぁ。はやくこっから抜け出して」
「東京なんていいところはないよ。ディズニーランドだって浦安だ」
僕はメビウスの煙草を喫みながら言った。
「でもさ、働いて好きな人とデートしてさ、何だか楽しそうじゃん。少なくとも勉強ばっかの今よりかはね」
彼女はそう言ってから躊躇いがちに付け加えた。
「やっぱり逃げてるんだと思う、勉強が大切って言うのはわかるんだけどね」
僕の故郷が九年前に戻った気がした。
「悩んだり逃げたりするのは間違いじゃないよ。そうやって君の青春は駆け抜けていくんだ」
彼女は頷いた。
「おじさんもね」
僕は再び目を閉じてもう少し石になる。丁度信号も青になる頃だ。
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