13歳の夏

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 職員室は、美鈴達が過ごしているサウナのような蒸し暑い教室と違って冷房が効いていてひんやりとしていた。 「なんでここだけこんなに涼しいの?」  美鈴が後ろにいる翼に聞くと、翼は「俺達が払った税金で贅沢してるんじゃね?」と言って親指と人差し指で丸を作ってお金のポーズをした。  それを見てプッと吹き出した美鈴に近くの教師がじろっと睨む。 「私達、本当のことを言っただけなのにね」  美鈴の言葉に翼も頷いた。  田中先生の机に行くと田中先生は腕を組んで2人を見た。40代独身の社会教師の彼の机の上に飾られた小さな地球儀やどこかの観光地の写真が飾ってあった。 「俺がなんでお前達2人を呼び出したか分かるか?」 「話聞いてなかったから」 「夏休み前で浮かれてました」  美鈴と翼の返事を聞いた田中先生は「俺も昔は中学生だったからお前達の気持ちが分からんこともないが」と前置きすると、夏休み中の注意事項を一通り話すと「ちゃんと宿題するんだぞ」とだけ言って解放してくれた。  ひんやりとして涼しかった職員室と違って蒸し暑い職員室の廊下を歩きながら翼が「さっきさ、見た?」と聞いてきた。 「何かあった?」  美鈴が聞き返すと、翼はニヤリと笑みを浮かべた。嫌な予感がする。 「あいつ、机の下にエロ本隠し持ってたぞ」 「バカ!」  やっぱり。そう思って翼は軽くばちんと叩いた。  小学校高学年くらいの頃から男子は、グラビア雑誌やらエロ本やらをお兄さんが持ってるものをこっそり持ってきたり公園で拾っては先生に隠れてこそこそ読んでいることが増えてきたと思う。あれの何が面白いのか美鈴にはよく分からなかったが、美鈴と小学生の頃仲が良かった男子曰く「健全だから」らしい。  隣にいる翼は美鈴に叩かれた頭を押さえながら「いってーな、もう」と美鈴を睨んでいた。でも、その顔はいつも口喧嘩で美鈴に対して本当に怒っている訳ではないことだけは見てすぐに分かった。 「いくら田中でもそんなの学校に持ち込んでないって」 「それがあったんだよな、机の下のコンビニの袋からビキニのお姉さんが見えたんだよ。いいよなー、大人はなんでも自由に買えて」 「全然よくないよ。趣味悪すぎ」  そう言って少し早歩きで歩き出した美鈴を翼は慌てて追いかけてきた。 「まぁ健全な男子なんだよ、俺も田中も」 「健全ならそういうのは見えないところで見てよ」 「女子って本当面倒くさいよな。ちょっとエロ本に興味しめしただけで美鈴みたいにブーブー怒るんだから」 「面倒くさくて結構」  口ではお互いそう言うもののそれが嘘じゃないことは分かっていた。もし、美鈴が翼にとって本当に面倒くさい奴なら今もこうして一緒にいる訳がない。 「ところでさ」 「何?」  美鈴が聞き返すと、翼は階段を一段降りて美鈴を見上げて言った。 「美鈴も今日、ぐっちや菜々子達みたいに浴衣着るの?」 「着るよ。ぐっちのおばあちゃんが着物の先生やってるからぐっちの家で」  そう言って美鈴はも階段を一段降りる。  そんな美鈴に翼は「ふーん」と言って階段を先に降りて言った。 「ちょっと、ふーんって何?どういう意味?」  慌てて追いかける美鈴に翼は「お前も浴衣着るんだなって思っただけ」と言って一気に階段を降りた。美鈴が慌てて追いかけると、彼は靴箱でもうスニーカーを履いていた。 「じゃあまた後でな、美鈴」 「あ、うん」  美鈴を待たずして先に翼は足早に靴箱を出て行った。  中学に入学してから知り合った翼は、小学校はもちろん住んでいる場所も反対だから一緒に帰ることはできない。それはいくら勉強が苦手な美鈴でも分かる。  それでも、少しでも長く好きな人と一緒にいたいと思うのが恋する女子みんなの本音ではないのだろうか。帰る方向が反対でも校門くらいまでは一緒に歩きたい。少し遠回りになっても良いから途中までは一緒に帰りたい。  そんな恋する女子の本音が翼のような女子が面倒くさい生き物だと思っている男子に伝わる訳がないことは分かっていた。
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