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01.
「アミシア・ラ・トゥール。よく見ろ、ギロチンだ」と、冷酷な王子の声が処刑台のわきにもうけられた観客席から私の耳に届く。
広場に集まった人々も口々に、
「伯爵家の令嬢のくせに許せない!」
「聖女さまに手を出したんだ! 早く首をはねろ!」とまくしたてる。
欠けていく太陽。今日は日食。私は後ろ手に縄をかけられ、兵士につれそわれて処刑台の階段へと歩かされた。
看守に「こんな髪、必要ない!」と、私の自慢の腰まである黒髪に、でたらめにハサミを入れられた。それに、暴力を何度か振るわれたわ。あちこちにあざができて、服だけじゃ隠せないほどに。服はいつもの私の赤いドレスを着せられているけれど、反って恥ずかしい。囚人用の衣に着替えるように言われなかったのは、早期から私の死罪が確定しているから。それに、貴族と言えど、見せしめの意味合いもあるのかもしれない。
どうして私がこんな目に合うの? あれは事故だったじゃない。なのに、私が罪に問われるの?
階段の先には、ギロチンの刃が私をギロリと睨みつけるように光る。それを見た瞬間、私の腰が砕けたように階段の途中で座り込んでしまう。駄目。やっぱり怖い。殺されるしかないの? 王子は何も言ってくれない。
お父さまが何か叫んでいる。ああ、私のことでいつものように怒っている。
「この醜い女が私の娘だとはな、妹を階段から突き落とすとは狂っている! お前とちがってあの子は聖女なんだ。三日も意識が戻らなかった! あの子を失うことはこの国の存続にも関わることなんだぞ!」
歯噛みして悔しそうな怒りをあらわにするお父さま。黒髪で濃い青色の瞳。私とそっくりなことを自慢してくれるお父さまは遠い昔に消えてしまっている。だけど、どうしてかしら。いざ死ぬ間際になると、どんなに叱咤されてもお父さまのことが恋しく思えてくる。違うのよ。あれは、事故なのよ。
「母さんには、お前を心の美しい人として育てると約束したのに。こうなったのも自業自得だ。お前は救いようがないな。早く地獄に行ってくれ」
私は無理やり兵士たちに立たされた。お父様にここまで言われたんじゃ、抵抗する気も起きなかった。
処刑台を下から見上げていた王子様が一声発した。
「待て。罪深い女には死ぬ直前まで恐怖を与えよ」
一度はめられたギロチン台から、刃物と向かい合うように仰向けに寝かされる。
「え、嘘。こ、こ、こんなの嘘よおおおぉぉぉ!」
こんな恐ろしい死に方だけは耐えられない。私はがくがくと震える両手で必死に抵抗する。そんなとき、助け船のように響く声が聞こえた。
「待って下さいリュカ王子様! 私からもお姉さまに最後のご挨拶をさせて下さい!」
「え、クリスティーヌ?」
妹のクリスティーヌは銀髪で私と似ても似つかない。何故なら血の繋がっていない養女だから。
「仕方ない。通してやれ」
ぶっきらぼうに言うリュカ王子。
「ごめんなさいお姉さま。私を階段から突き落としていないことぐらい分かってます」
「いいのよ。私が、無理やりあなたの首飾りを奪おうとしたのがいけなかったの」
今さら後悔しても遅いのよね。私が階段からこの子を突き落としたと言われても仕方がないように目撃者には見えてしまったのだから。クリスティーヌはこんな私をまだ信じてくれるというの?
「……優しいのね」
「ええ」
クリスティーヌは含み笑いをした。
「あなたが自滅してくれて助かったわ」
え、なに? この子、どうしちゃったの。
クリスティーヌは声を潜めてお父さまやリュカ王子に聞こえないようにそっと耳打ちしてきた。
「私を階段から突き落としてでも手に入れたかった首飾りをそのままつけて処刑されるといいわ。没収されなくてよかったわね? あ、でもギロチンで首が飛ぶんだったら、その辺に血濡れて吹き飛んじゃうわね。かわいそう」
声音はいたって優しかった。だけれど、その声は地の底からくつくつと煮えたぎるような音を立てて笑っているように聞こえた。その瞬間、私の背筋に言いようのない悪寒が走る。
「クリスティーヌ……あなた、その角」
クリスティーヌの銀髪の頭頂部に二本の禍々しい角がひょっこり現れた。水色の瞳も赤に変わる。
「お姉さまを見ていると人間の社交界なんて、物欲の塊だって分かるわよね。私が王子とくっつくのも時間の問題よ。私の欲望なんてまったく気づかなかったんでしょう?」
え、なに。この変わりよう。私のこと騙し続けていたの? じゃ、じゃああの事故ももしかして。
「あ、あなた。――魔族だったの? お、王子をどうしようって言うの?」
いや、まだ信じられない。十年もいっしょに暮してきたというのに。王子に興味があるのは知っていた。それは私もそうだったから。だけど、この子の目的はなに?
「いやよ。お姉さま。王子さまも駒にすぎないのよ? 私が尊敬するのは魔王さまなんだから」
「え、王子と結ばれてそれで終わりじゃないの? どういうこと説明して」
クリスティーヌは顔をしわくちゃにする。
「お姉さま、私のせいでごめんなさい」
今までの態度はすべて見間違いとでも言うように、魔族の角も赤い瞳の色もすぅっと消えていく。
涙で塗れた顔を両手で覆い階段を駆け下りていくクリスティーヌ。
私の中で何かが音を立てて弾けた。
お父様がクリスティーヌばかり可愛がっていたけれど、私はクリスティーヌと仲良くとはいわず、それなりに上手くやっていきたかった。
だけど、……あの、クソ女!!! 魔族だったのね? ずっと、ずっと騙してきたのよ。そして、私にこんな罪を!
日食で空が真っ暗になる。
「執行せよ」
ィシィィィイ……ザシュッ!
意識が文字通り飛んだ。私の生首は血しぶきを推進力に宙を舞い、処刑台を跳ねたらしい。
痛かった――。死ぬ直前まで耳に金属の滑る音が聞こえたの。
跳ねたのは私の首だけでなく、ルビーの首飾りも。赤い光が放たれたのを最期に見たわ。人は死んでも七分ちょっと記憶を保てるらしい……。それにしては、長かったの。そして、私は光に包まれた。
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