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「きゃああ! 魔族よ!」
「見て、あのおぞましいオーラ。見ただけで呪われそうだわ」
「伯爵家の娘の姉の方よね? あの悪女、根っからの化け物だったんだわ!」
貴族たちが震えあがって私を遠巻きにする。勝手に言ってもらってかまわない。今はそれどころじゃない。クリスティーヌの悪事を暴かないと!
「彼女は悪い人じゃない」
私が躍起になって大声を張り上げようとしたとき、リュカ王子が矢面に立った。
「リュカ王子。私は人ではないのですよ?」
「いいや。君は人の部分もあるんだろ? 俺はそう感じた」
リュカ王子が私の赤いオーラを放つ手を取った。強張っていて固かった手を王子の温かい手が包み込んでくれる。赤茶色の王子の瞳は物言わずとも私を信じてくれている。
「君も偽りの自分を演じている? だとしたら俺たちは似た者同士、最高じゃないか。君の本当の姿は妖艶じゃないな。清艶だ。俺はそう思う」
リュカ王子。今、この場で私の本当の姿を褒めてくれたの? 自分でも受け入れるのに時間がかかったのに。もしかしてやっぱり、王子。庭でいっしょにいたときに、私の魔力から正体に気づいていた?
「リュカ! 早く、その娘から離れなさい」
大声で王妃が叫んだ。リュカ王子は母親をキッと睨みつける。
「母上、この者、アミシアは今日ここで俺が婚約すると発表するつもりの相手です。私の目に間違いはありません」
すると、国王も顔を赤らめて怒鳴った。
「魔族と結ばれるだと? ならん! 恥を知れ。愚かなことをぬかすでない!」
「それは父上、法律で決まっているだけでしょう? 法律なら次期国王である私が書き換えることは可能です」
「口答えするのか。こういうときに限って馬鹿丁寧な言葉を使いおって。父に向かってなんと慇懃無礼な」
リュカ王子が親子喧嘩に発展している隙に、コラリーとフルールが駆け寄ってきた。
「アミシアお嬢さまは、決して悪い魔族ではありません!」
「国王陛下、アミシアさまは善良なる一人の貴族としてこの国に貢献してまいりましたわ!」
すると、王と王妃の怒りの矛先は私のお父さまに向けられた。
「まさか、魔族との間に子を設けていたのか伯爵!」
お父さまは顔を真っ青にしている。だけど、逃げ出さずに前に躍り出た。
「私の妻は魔族でした。だが、そのたった一つの事実を愚弄される筋合いはない。例え、国王あなたさまであっても。あの人は美しく御心をお持ちだった。私は魔族を妻に迎えたことを後悔していない! アミシアは関係ない。もし裁きにかけると言うのなら、私一人を裁くがいい!」
お父さまの発言にどよめきが起こった。
「伯爵、事実なのか。そなたはあっさりと認めるのか」
お父さまが近衛兵に拘束される。
「待って国王さま! 私の話を聞いて下さい。みなさん、驚かせてしまってごめんなさい。誰も傷つけるつもりはありません!」
私はクリスティーヌの鑑定魔法に魔力で抗い、角もオーラも消す。すると、驚いた王妃が訝しく思って私に訊ねてくる。
「その程度のごまかしでは信用なりませんわ。前回の襲撃事件のとき、あなたはここにいましたね?」
クリスティーヌがほくそ笑む。ほんとに、なかなかやってくれるわ。だけど、お父さまも王子も身を呈して守ってくれる。でも、ここは私が誰にも迷惑をかけずに窮地を脱しなきゃ。
「魔族であることそのものは罪ではありません。私もこの点については最初誤解していました。魔族が討伐対象であることから、魔族は悪であると思っていました。私自身も禁忌の存在であると。ですが、存在して分かりました。私は自分を偽っても、やっぱり私は私でした。どうなりたいかで人も魔族も変わるのです。私は魔族だと自覚しましたが、こう思いました。聖女になりたいと。だから私は自分の種族に囚われずに聖女になるための努力をしてきました」
その瞬間、周囲が冷ややかに笑っているのが目についた。おかしいこと? 魔族で聖女になっているのはクリスティーヌもよ。
「よく言った。後は任せろ」
「リュカ王子?」
リュカ王子は国王と王妃に向き直った。
「法律で『婚約は異性と執り行うもの』としか定められていません。よって、法律を遵守するのであれば、種族を越えた婚約は認められる。みなさん、落ち着いて聞いて下さい。魔族と民の婚約も報告事例があります。公にしないだけで。なので、皇太子である私、リュカ・ラファエル・オリオールはアミシア・ラ・トゥールに求婚する!」
「――リュカ王子」
「すまないな。こんな形のプロポーズになってしまって」
「嬉しいですリュカ王子。私、リュカ王子に認められるなんて、はじめて会ったときは思いもしませんでした。リュカ王子。有り難いことですが、ご両親に対してもぬかりがありませんね」
「既存の法律が間違いであるなら、俺は正す。君のために」
「し、しかし、王族と魔族との婚約は! さ、さ、さすがに」と、遠巻きにいる大臣。
「黙れ大臣! 王家が率先して前例を覆していかなければ、民に異種族の理解は得られない」
めちゃくちゃだという声があちこちで聞こえる。だけど、お父さまの拘束は解かれた。
「リュカ王子。ありがとう。ちょっと待っててくださる?」
一気にやつれた顔になってしまったお父さまに駆け寄る。
「お父さま。真実をこの場で話して下さって感謝しています。お母さまと出会ってくださったおかげで、今の私がいます。今ここで言わせて下さい。いつも私のことを思ってくれてありがとう。お父さま」
さっきまで緊張感に包まれていた大広間が和らいだ。誰かは感動して拍手までしてくれた。全員が快く思ってくれたわけではないけれど。理解は少しずつ得ればいい。今まで悪女の私が人々に尽くしてきたように。
クリスティーヌが悔しがって我慢の限界になったのか、窓の外を見やる。窓の外に黒い影が飛んでいる。コウモリ? 昼間から? 違う。コウモリ型の魔物だ!
近衛兵が血相を変えて叫ぶ。
「国王さま! 大変です。王宮の周囲を魔物に取り囲まれました!」
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