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「だめ! いや、いやああ!」  悶えて頭をかきむしるクリスティーヌ。人前にその姿を晒すのははじめてのようね。  クリスティーヌの髪は今やぼさぼさだった。何年も手入れがされていないような銀髪。もうあれじゃあ老婆も同然ね。水色のドレスは黒髪で編んだのかというような禍々しい衣に変化する。あら、そもそもドレスも偽物だったとか。そんなごわごわしたドレスの方が本当の趣味なのかしらね。更にクリスティーヌの頭からは羊のようにねじれた角が生えてくる。あら、怖い。私のかわいい小さな角と似てもにつかない。  残っていた貴族たちは完全に戦いている。 「あのクリスティーヌさまが、我々を騙していたなんて」 「本当の聖女さまは姉のアミシアお嬢さまの方だったの???」  今更誰かに尊敬してもらおうなんて思わない。クリスティーヌの正体さえ暴いたら後はみんな味方になってくれるはず。  クリスティーヌはふっと鼻から息を吐き出した。自分の本来の姿にため息をついた。だけど、すぐに私たちを嘲笑する。 「今頃気づいても遅いわよ。みなさん騙していてごめんなさい。謝ったら許してくれるわよね? だって、この国の人たちは私っていう聖女がいないと教会にも通わないわよ? 女神さまを信じていればこの国は平和だった? 聖女がいてもいなくても魔物は出現していたでしょう?」  クリスティーヌは両手を広げてアハハハハと高笑いする。 「この国のいたるところに祠を建てたわ。魔物が通って転移することができる穴よ。浄化? そんなのするわけないじゃない。騎士ミレーが余計な見回りをしてくれたけど。そういえば、ミレーさま。姿が見えないわー。今頃死んでるんじゃなくて?」  ミレーさま、そういえば姿が見えない。  リュカ王子が前に躍り出た。 「今ごろ、一階で応戦しているはずだ。あいつはああ見えて腕は国宝級だ。必要ならここに呼んでやろうか」  私もミレーさまがすぐにやられるほどやわじゃないと思う。 「リュカ王子こちらに魔物はいますか!」  噂をすれば騎士ミレーさま。死闘を繰り広げたのか舞踏会の衣装は血に染まってしまっている。 「ミレー無事か?」 「リュカ王子、心配はいりませんよ。一階はまだ魔物が侵入しています。避難は大方済みましたが。え、クリスティーヌ。どうした、その姿は!」  鈍感ね。あれが本当の姿よ。だけど、ショックが大きいみたい。口をパクパクさせている。婚約者だものね。確かに黒幕がクリスティーヌだときついわ。 「聖女クリスティーヌ。……いや魔族クリスティーヌ。今まで君を慕っていました。こんな形で裏切るなんてあんまりではありませんか。よくも騙してくれましたね。僕の部下達に手を出した罪は重い!」  ミレーさまの双眸がぎりりと歪む。  ミレーさまは己が剣でクリスティーヌに斬りかかる。クリスティーヌは片手をかざすだけで易々とミレーの剣を弾く。見えないクッションで弾かれたみたい。 「ここは僕がなんとかします。リュカ王子は避難して下さい」 「俺を誰だと思ってるんだ? この国の英雄だぞ?」  自分で言っちゃう? まあ、そういう強気なところも素敵。 「アミシア。君は逃げろ」 「私はリュカ王子さまのおかげで聖女になりました。私一人の力でこうなったのではありません。だから共に戦いたいのです。リュカ王子なら分かってくれますよね?」  王子は、ふっと笑う。 「確かに。君は俺を困らせるのが上手いな」 「リュカ王子ほどでは」 「怪我だけはしないでくれよ。アミシア」 「ええ」  クリスティーヌが私たちを小馬鹿にして笑う。 「どいつもこいつも愚かね。怪我ですむと思わないでよね。みんな死になさいよ。魔族を虐げるこの国は滅んでもらうわ」 「魔族だから虐げるんじゃないわ。魔物が人を襲うからよ! あなただって魔物をけし掛けてくるからじゃない!」  そう口論している場合ではなかった。階下から突き上げるような振動が起こった。  大広間の床がすっぽりと抜け落ちた。足場がなくなる! 崩れる!  「きゃあああ」  三階にある大広間が一階まで落ちる。 「アミシア!」  ――リュカ王子の伸ばす手が私の手をつかんだ。
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