エピローグ

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エピローグ

 王宮を中心に放射状に走った魔物の侵攻跡。瓦礫を積み上げて街道の通り道を確保したり、祠を解体し土地の浄化を行い数日間は復興活動で忙しかった。  王子は政務で忙しくなったけれど、私を必ず連れて行くの。それから、ワクワクしながら話すの。聖女の処刑が決まったって。彼いわくギロチン一択しかないって。  偽聖女クリスティーヌ処刑当日のリュカ王子は勇み足で広場に直行した。この日ばかりはさすがの私でも断って王宮で横になった。王宮の出入りは自由にさせてもらっている。といっても、王宮の屋根の修復は終わっていないから青空がそのまま見えるんだけど。  あの入道雲を見ていると、今頃クリスティーヌが首をはねられているなんて思えない。私が手を下さなくても、市民がクリスティーヌを許さなかった。  妙な気分なのよね。あの子が死ぬときは高笑いしてやるつもりだった。許したわけじゃない。だけど裁くのは私でもない。クリスティーヌが死んでも、お父さまは帰ってこないんですもの。  私ったら、お母さまとの思いでにすがるくせに、お父さまとの思いでの品なんてなにも持っていないの。いや……あるわ! 紫のローブが。それに、思い出は物じゃないの。そうよね。お父さまは最期に私を守ってくれた。それだけで十分じゃない。あのお父さまがよ? 嬉しくて泣けてくるわよね。  そうそう、リュカ王子は、法律を整えた。魔族との国交断絶の撤回。といっても、なかなか全ての魔族が良い魔族とは限らないのが難しいところだけど。  私との結婚を反対している王族や貴族もいたけれど、リュカ王子は彼らを黙らせた。 『この者は魔物であるが、聖女でもある。闇も光も内包している。人間は元々、二面性をもつ生き物。違うか? 結婚に異議を唱える者はあるか?』って。けっこう威厳があって驚いちゃった。  そして、とうとうその日が来た。  コラリーが私の黒髪に艶が出るように丁寧に髪をといてくれる。 「アミシア。あの日、どうなることかと思いました」 「コラリー、ほんとにありがとう」 「いえ、アミシアさまの心の負担が減らせればいいのですが」 「まだ私がお父さまのことで気に病んでると思うの?」 「嘘が下手ですね」と、フルールが私の顔にメイクを施していく。 「ほら、お化粧のノリが悪いですもの。アミシアさま、泣きましたね? リュカ王子に怒られますよ。結婚式で泣かせるのは俺だっていつも言いふらしてらっしゃるのに」 「泣いてないわよ」 「アミシア」と、突然コラリーが私の肩にすがりついた。 「泣きたいときに泣きなさいとは言いません。だけどね、これからはリュカ王子に甘えなさい。全部ぶつけてやりなさい」 「そうですよアミシアさま。いつも思っていたんですが、甘え方が足りません。リュカ王子はドSです。それならこちらも泣いて泣いて、困らせてやりましょう。今日は王子お墨付きの泣いていい日なんですから」  思わず吹き出してしまう。  フルールはいつもの無表情。 「まじめに言ってるんですが?」 「ちょっと、おかしくて。ごめんなさい。そうよね、リュカ王子に甘えようかしら? あっちもほんとは政務と復興事業で疲れてるはずなのに。こんなにすぐ挙式なんですもの」    挙式は王宮ではなくて、よくさぼっていた教会で挙げることにした。そう、私が生き返ってはじめに訪れた教会。私が心を入れ替えた決意の場所。  お母さま。それに、お父さま。今私は幸せです。首飾りは空に消えて、私はこれから本当に自分の力で生きて行かないといけない。だけど、今度は一人じゃない。  隣には赤いタキシードで身を固めたリュカ王子。少し緊張しているのか、冷ややかな冷笑ではなく唇がむずがゆそう。  神父さまが私たちに当たり前のことを奇跡であるように問いかける。 「愛を誓いますか?」 「はい」  当たり前のように答える。同時にリュカ王子の赤いルビーの瞳を見ると、私も気恥ずかしくなる。 「……はい。君の全てを愛するよ」  リュカ王子の微笑は、偽り一つない。演じている彼じゃない。少し緊張して、周囲から集まる視線を感じている。  そのキスは澄んで甘かった。固唾を飲んで見守っていた周囲の知人たちが、晴天に突き上がらんばかりの拍手を起こした。  リュカ王子の屈託のない笑顔。ちょっと今ドキっとしたわ。不意打ちよ。ほんと、ずるい。天然のドSだったの?  心臓の音が跳ねる。教会の鐘がそれに合わせたかのように鳴り響いた。人々の聖歌。生まれ変わった私たち。これからは、自分を偽らない。リュカ王子も、私も。
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