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朝起きて手早く身支度を整えて家を出た。試合にはまだ時間があったが、まずはオヤジとケリを付けなきゃならねぇ。俺はジムへと急いだ。
ジムに着くと昨日出て行った時と同じ場所、同じ格好でオヤジが座っていた。まさか昨日からずっといるんじゃないだろうな。オヤジは俺を見て苦々しい顔をしてから口を開いた。
「おめぇ…来たのか。」
「あぁ。見りゃわかんだろうが。」
「今日の試合はどうすんだ。」
「どうするって負けるんだろ?」
オヤジは痰を出す直前のような顔をしていた。正直オヤジの顔芸は気持ち悪いから見たくないが、少しけしかけないと動かなそうだ。
「昨日はあんなに騒いでただろ。…何があったんだ。」
「何もねぇよ。ただ考えただけだ。」
「何を考えたんだ。」
「うるせぇ。んなとこに居たって何にもならねぇだろうが。ささっと行くぞ。不戦敗だけはゴメンだからな。」
そう言って俺はオヤジを待たずにジムを出た。昨日と変わらない冷えた空気が出迎えたが、昨日と違って気分は晴れていた。先を急ごう。どうせオヤジも行くところは同じだ。
やや煤けた、見た目は体育館のような場所が今日の試合会場だ。会場前でオヤジを待っていると、のっそりとした足取りでオヤジがやってきた。俺よりも30分遅い。
「おせぇぞ。その足は飾りかよ。」
「減らず口が…おめぇ本当に分かって…」
「あーもーうるさい。行くぞオラァ。」
俺はオヤジを置いて会場内へと進んだ。会場に入ってからは着々と試合準備を進めた。着替えや計量を行い、ウォーミングアップで身体を温めた。オヤジは文句を言うのを諦めたのか、黙って作業を進めていた。なんだかんだで時間が過ぎ。あっという間に試合まで残り数分となった。
「おめぇ本当に…」
「しつこいぞオヤジ。俺はもう腹ァ括ってんだ。アンタも覚悟を決めろよな。」
「……。」
「今更だろ、色々とよ。何やったってなるようにしかならねぇ。なら、出来ることやるしかねぇだろ。」
「…なに当たり前なことドヤ顔で言ってんだ。聞いてるこっちが恥ずかしくならぁ。」
「うるせぇ!あぁもう時間だ!」
俺は蹴るように歩き出し、早歩きのままリングへと向かった。着くまでにこの火照りが冷めるように。
場内に入ると見慣れた風景画が広がった。リングと観客。観客は疎らに散らばっていた。まぁタイトル戦でもないからこんなもんだろ。俺はアナウンスに呼ばれるままにリングに上がった。ロープを手繰り、中に入る。顔を上げると向かい側にいる対戦者の顔が見えた。ニヤニヤ笑いながらこっちを見てやがる。今すぐ顔面を殴りたくなったが、まだお預けだ。
「準備はいいか?」
「あぁ。バッチリだ。」
コーナーへ行き、マウスピースを着けながら答えると、オヤジは何か言いたそうな、でも言い出さない微妙な顔をしていた。だから俺は今ある覚悟を込めてこう言った。
「じゃあ戦ってくるよ。」
オヤジは俺を見てハッとして口を真一文字に引き絞り、昨日から初めて俺の目を見た。
「おめぇ…あぁ戦ってこい。思う存分な。」
俺はニヤっと笑って答えた。
「おう。」
ゴングが鳴り、試合が始まる。
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