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愛ゆえのざまぁ 1
「わたしの婚約者になってくれないだろうか?本当は結婚を申し込みたいのだが、それだときみもまだ心構えが出来ていないだろうし、実際に住むことになる皇都や皇宮の様子も見てみたいだろう。それで、きみさえよければ婚約者として皇都ですごすというのはどうだろうか?」
皇帝陛下と、庭園の東屋でテーブルをはさんで向かい合っている。
そう切り出された。
大変心苦しい。
彼らをモフモフしながらでもずっと気になっていたし、心を痛めてもいた。
でも、やはり真実を告げなければならない。
たとえこの癒しと愛にあふれた生活に終止符を打とうと、真実を告げて謝罪をしなければならない。
「あの……、陛下……」
「ああ、忘れていた。皇都には、わたしたちよりずっとずっとモフモフ系の獣人がいるんだ。きみがわたし以外の獣人に抱きつくのは、正直なところあまり気分のいいことではないけどね。しかし、きみのしあわせそうな笑顔を見ることが出来るのだったら、それも我慢しよう」
告白しようとしたタイミングで、皇帝陛下がとんでもないことを言いだした。
皇都にはもっとモフモフしているのがいる!
ダメ、ダメダメ。
このまま王女になりすまして行けばいいじゃない……。
つい気持ちが揺らいでしまう。
「陛下、おききください」
その悪しき思いは封印し、そう切り出した。
しかし、彼は手を上げた。
「カヨ・アルベリーニ公爵令嬢、いいんだよ。わたしはきみに、つまりカヨ・アルベリーニに婚約を申し込んでいる。偽りのドミニク・ガリエ王女殿下ではなく、ね」
「はい?」
一瞬、彼の言っていることがよくわからなかった。
「きみに謝らなければならない。わたしたちには、相手の心を感じることの出来る特殊な能力があるんだ。きみが国境でヴィクトルに会った瞬間、彼はすべてを知った。彼はきみだけでなく、きみの従者たちの心も感じたからね。きみは心ならずだまされ、ここにやって来た。その前に、長年付き合っていた王太子に婚約を破棄された。わたしたちは、そのことも知っている。彼は、つまりきみの元婚約者は、こんなことを言うのもなんだが、勘違いしているようだ。まず、わたしたちカッソーラ皇国がきみの国を攻めようとしているということだ。どういう経緯でそんな情報が彼の耳に入ったのかは知らないけれど、まったくの誤報だ。われわれカッソーラ皇国に近隣諸国に攻め入るなんてかんがえは、いまのところまったくない」
呆然としてしまっている。
偽物の王女だってバレていたということもショックだけど、わたしの素性や婚約破棄されたことまで知られていた。
「彼は、妹の王女を生贄に差しだすので攻めてこないでくれと使者をよこしたんだ。もちろん、こちらに攻め入る意志などまったくないので、それは丁寧に断った。だいたい、生贄などと……。そのことも彼は勘違いしている。それはともかく、彼はわれわれに侵略の意志がまったくないということを信じなかった。何度目かのやりとりを経て、こちらも折れることにした。正直なところ、面倒くさくなったわけだ。『それならば、婚約を前提に訪れてもらってくれ』、とこちらから申し出た。あくまでも婚約を前提として、だ」
彼の神々しいまでの美形に苦笑が浮かんだ。
「それからのことは、きみも知っての通りだ。王女の身代わりを婚約者として送るということが、最初から意図してのことだったのか、あるいは彼の気がかわったのかはわからない。だが、彼がわたしをだましたことにかわりはない。なにより、きみを傷つけたことが許せない。カヨ、わたしはきみにだまされたなどとは思ってはいない。きみの心はいつだって正直だし、わたしにたいして誠実で公平で愛に満ちている」
彼は、テーブル越しにわたしの手を握った。
「もう一度申し出たい。カヨ・アルベリーニ、婚約者としてわたしとともに皇都に来てくれないだろうか?わたしは、きみに参ってしまっている。きみのやさしさや前向きさや明るさには、わたしだけではなくみんな癒されている。わたしはきみだけを愛し、かならずやしあわせにする。それから、きみが一生モフモフに不自由しないよう保証する。いまここでそれらすべてを誓う」
わたしには彼のような力はない。だけど、彼のオッドアイにあらわれている光に偽りはない。
バレてはいたけど、わたしが彼をだまし続けたことにかわりはない。
わたしが良心の呵責に苛まれつつも彼の側にいたのは、モフモフや彼の地位や彼の美形が理由ではない。
彼自身に惹かれ、興味を抱き、好きになったからであることにいまさらながら気づかされた。
わたしは皇帝陛下やモフモフの神獣ではなく、ラウル・フランキという一人の男性を愛している。
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