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婚約破棄から獣人の国へ 2
元婚約者のエミール・ガリエは、自分勝手で独りよがりで傲慢でスケベでバカでトンマで愚か者だけど、その妹のドミニク・ガリエも救いようがない。彼女の愚かさを表現する悪い言葉は省略する。
兄妹ともに、いいのは外見だけである。
どちらも金髪碧眼。絶世の美男美女として、このペレッティ王国だけでなく近隣諸国でも有名なくらいである。
だけど、どちらも内面は悪すぎる。この世のすべての負のイメージをしょっていると言っても過言ではない。
というわけで、なぜかわたしがその彼女のお供として、隣国のカッソーラ皇国に行くことになった。
カッソーラ皇国は、獣人の国である。冷酷で野蛮。これが、この国の象徴のようになっている。
わたしが王女のお供でカッソーラ皇国に行くことになったと告げても、継母も義姉も心配してくれたり悲しんでくれることはなかった。ついでに同情や憐憫などもしてくれなかった。
昨年父が亡くなり、アルベリーニ公爵家は継母が仕切っている。父には一つ年下の弟がいて、父の遺言で公爵家はその弟が継ぐことになっている。
が、弟、つまり叔父は行方不明である。
この時代になってなお、冒険心の強い叔父は、大陸を冒険してまわっているのである。
叔父が戻って来てくれたら、彼が継母と義姉は屋敷を追い出してくれるかもしれない。
国境までは近衛兵やメイドたちがついてくるけど、国境で引き渡されたらお付きの人々は帰ってしまう。
わたしをのぞいて、だけど。
わがまま王女は王族の立派な馬車に、わたしやメイドたちは使用人用の馬車に、それぞれ乗ってガタゴトと田舎道を進み続ける。
王女はお尻が痛いだの風景が殺風景で面白くないだの、冷えたものは食べたくないだの赤より白の葡萄酒がいいだの、とにかくうんざりするほどわがまま放題である。
メイドたちの忍耐力と寛容さに、わたしは心から敬意を表したい。
そんなこんなで王都を出発してから三日後、前夜はある辺境伯が所有する国境の古城に泊らせてもらった。
古城の窓から隣国が見えるほど、ここは国境に近いのである。
朝、わがまま王女に呼びつけられた。
『今日は、隣国の皇帝に会うの。現在、彼は国境近くにある城で静養されているらしいわ。これをあげるから、着なさい。いくらなんでも、わたしの専属の侍女がそんなみすぼらしい恰好をしていたら、わたしが笑われてしまうわ』
彼女は、そう言ってドレスを投げつけて来た。
ううっ……。人を大量に殺して返り血を浴びたみたいな赤色をしている。
しかも、裾はフリッフリで胸元も大胆なカットになっている。
『髪もそんなおばさんスタイルじゃなく、ちゃんと整えなさいよ』
おばさんスタイルで悪かったわね。
髪ごときに手間暇かけている時間も労力もお金もないのよ。
というわけでメイドたちは、わたしの意に反してドレスを着せ、髪もどうにかしてくれた。
この時点で気がつくべきだったのよね。
そして、これまでの三日間と同じようにわがまま王女は立派な馬車に、わたしは貧相な馬車に、それぞれ乗って出発した。
ここが国境だと、近衛兵が教えてくれた。すでに隣国の兵士たちが待っているのが、馬車の窓から見えた。
すると、急に馬車が停止した。
まだ距離があるのに。何かあったのかしら?
「公爵令嬢、降りるんだ」
近衛兵の一人が馬車の扉を開け、居丈高に命令してきた。
「降りる?まだ距離がありますよね?」
「だから、いまのうちに乗り換えるんだ」
「はい?どういう意味……」
彼は、まったく意味も状況もわかっていないわたしの腕をつかむと馬車から引きずりだした。そして、荒っぽく豪勢な馬車へとひっぱって行った。
「これに乗るんだ」
「はぁ?なぜですか」
その瞬間、嫌な、嫌な、とっても嫌な予感がした。
「はやくしろ。ここで止まっていては不審に思われる」
彼は、イライラしている。怒鳴られてしまった。
さらにさらに嫌な予感がする。
王族専用の豪勢な馬車の飾りだらけの扉を思いっきり開いてみた。
嫌な予感は当たっていた。
馬車の中は、もぬけの殻だった。
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