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婚約破棄から獣人の国へ 3
乗り換えるより前の王族専用の馬車にくらべ、華美ではないけど大きくて立派な馬車に揺られている。
座席の座り心地は最高で、フワフワもふもふのクッションがたくさんある。カゴが二つ置いてあって、葡萄酒とパンとチーズと果物が盛りだくさん入っている。
緊張しているわたしに馬を寄せて来て話しかけてきているのは、カッソーラ皇国の将軍ヴィクトル・フランキである。
彼は、皇帝ラウル・カルローネより命じられ、わたしを迎えに来てくれた皇国軍の若き大将軍らしい。
らしい、というのは、正直なところわたしがそれを信じられないでいるからである。
とにかく、彼は可愛い。小柄で可愛らしすぎる。
獣人って、ふだんは人間の姿をしているときいている。本当の姿が、獅子であったり鳥であったり狼であったり……。
馬車の小窓の向こうに見える彼は、そんな獣とはほど遠すぎる。獣どころか、どこからどう見ても仔犬にしか見えない。
愛想のよさも、まさしく仔犬である。
キュンキュンくるのがおさえられそうにない。
胸にギュッと抱きしめたい。
そんな欲望をおさえるのに努力を必要とする。
「それでですね、城の近くにはすごく景色のいい場所があるんですよ」
彼はそんなわたしの気持ちに気づくわけもなく、ずっと喋り続けている。ときおり、可愛すぎる顔をこちらに向けてくるけど、耐えられそうにないから勘弁してほしい。
「パンは陛下が焼かれ、リンゴのパイは侍従長が焼いたものです」
彼が可愛すぎてまったく話が頭に入ってこなかった。たけど、いまの説明はたまたま頭の中に入ってきた。
お腹が減っているということもあったにちがいない。
「陛下みずからパンを?」
「陛下は、何でも出来るのです。ぼくとは大違いです。陛下は、ぼくの兄なんです」
ああ、なるほど。だから、将軍の地位にいられるわけね。
パンの話をされて、急激にお腹がすいてきた。
「どうぞお召し上がりください。葡萄酒も最高のものを準備しています」
その瞬間、勧められてしまった。
だから、『では』とばかりにカゴにかかっている布をとった。
焼きたてのパンの香りが鼻をくすぐる。
「ベリーとアンズのジャムも、侍従長のお手製です」
瓶が二つ添えられている。
グラスに葡萄酒を注ぎ、いっきに飲みほした。
美味しい……。
あまり詳しくないし、味がわかるわけでもない。だけど、これまで飲んだ葡萄酒よりずっとずっと美味しく感じられる。
それから、ひたすらパンと果物、チーズを貪った。もちろん、パイも。
どれも美味しすぎる。
その間、馬車の小窓の向こうで、可愛すぎる将軍がずっと喋り続けている。
この国のこと、この辺りのこと、などなど。
お腹がいっぱいになったころ、彼が右斜め前を指さして教えてくれた。
「あれが、陛下の別荘です」
彼の示す方角に、石造りの立派な城が建っている。
嫌でも緊張してきた。
あのわがまま王女の身代わりってことがバレないかしら?
勝手に身代わりを強要された自分の不運を嘆く?
ここまできたら腹をくくるしかない。嘆いたってはじまらない。
そんなことより、それがバレないようにしなくっちゃ。
そっちの方が大事よね?
豪華すぎる馬車は、ガタガタと心地よい音をさせつつ別荘という名の城の立派な門をくぐった。
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