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婚約破棄から獣人の国へ 4
「王女殿下、ようこそおいで下さいました」
馬車が停止した途端、怒鳴られてしまった。まるで雷でもすぐ側に落ちたかのような大音声に、驚きすぎて声も出ない。
「うるさいですね、まったくもう。そんなに大きな声を出したら、王女殿下が怯えてしまいます」
「これは地声だ、ワンちゃんっ!王女殿下、長旅でお疲れでございましょう」
馬車の扉が壊れるかと思った。ふっ飛んでしまいそうな勢いで開けられたのである。
って思う間もなく、中に丸太棒のような腕が伸びてきた。その手は、わたしの頭を軽く握りつぶしてしまうほど大きくて分厚い。
殺される?いきなり餌にされる?
もしかして、さっきの美味しいパンやパイは、わたしという食材を美味しく食べる為の調味料的な役割だったわけ?
思わず、お尻をずりずりとずらして反対側の扉の方へと逃げてしまった。
が、大きくて分厚い掌は、伸ばされたままそこから動かない。
「王女殿下、どうぞ。大歓迎いたします」
どうやら、降りるのを手伝ってくれるらしい。
恐々手を伸ばし、その掌の上に自分の手をのせてみた。
彼の手は、とってもあたたかい。肉刺だらけの手……。
その手に導かれ、馬車から降りた。
ちょちょちょちょっ……。
なんなの?巨人族?
聳え立つ人影に、眩暈を起こしそうになった。
「ほら、怖れられています。いろいろな意味で、あなたは刺激的なんですよ」
「だから、だまれってワンちゃん」
巨人が、わたしの前に片膝をついて礼をとった。
「王女殿下、ようこそおいで下さいました。わたしは、皇帝陛下の近衛隊の隊長を務めますマティアス・シャレットでございます」
片膝をついているのにもかかわらず、頭の位置はわたしよりずっと上にある。
燃え盛っているような赤い髪に青い瞳。きれいなブルーアイが、わたしを見下ろしている。けっして威圧的とか敵意があるというわけじゃない。
やさしい瞳。安心感を与えてくれる瞳。
「申し訳ありません。巨体なもので驚かせてしまいました」
「あ、いいえ。その、ド、ドミニク・ガリエです」
性悪王女の名前って、これで間違っていないわよね?
「王女殿下、ご案内いたします」
「案内ならぼくがするよ」
「おまえの役目は終わりだ、ワンちゃん」
「ひどいな。ちょっと大きいからって、小さい者を虐めちゃダメだ。ねぇ、王女殿下?」
ヴィクトルは、馬から身軽に飛び下りた。
すると、側近らしき将官が彼に駆け寄った。
彼は銀色の髪をキラキラさせながら、将官たちに国境に戻るよう指示をあたえた。
「というわけで、ぼくもお供いたします。兄上は、どうせ歓迎の料理を作っているのでしょう?」
「ご相伴にあずかろうと?ちっちゃいくせに意地汚いな」
「ちっちゃいは余計です」
大きいのと小さいのが言い合っているのがなぜか可愛くって思わず笑ってしまった。
「王女殿下、笑顔が素敵ですね」
ヴィクトルがやさしい笑みとともにお世辞を言ってくれた。
「王女殿下、失礼いたしますよ」
マティアスの大きな声とともに、突然体が浮いた。
「キャッ!」
なんてこと。お姫様抱っこ?
恥ずかしくて顔が火照っているのを感じる。
「階段や段差があります。転びでもしたら大変です」
「あ、で、でも、そのくらい大丈夫です……」
彼の大きな顔を見上げ、降ろしてもらうよう訴えるも、彼はかまわずずんずん進んでゆく。
そうこうしている間に、彼は城内に入って大きな廊下を歩き続けてゆく。
そして、大きな扉の前までやって来た。
ヴィクトルがその大扉を軽々と開けた。
大きな食堂だった。
結局、マティアスがわたしをお姫様抱っこしたまま大食堂の椅子まで運び、座らせてくれた。
なぜかだれとも会わなかった。っていうか、人の気配すら感じられない。
こんな恰好、見られなくって本当によかった。
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