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獣人の国にて溺愛される 1
「王女殿下、ようこそお越しくださいました」
マティアスの大きな体を押しのけるようにして現れたのは、金色に輝く髪を持つ美形である。タキシード姿がよく似合っている。
「陛下の執事を務めますローマン・チェステと申します。王女殿下にお会いできるのを心待ちにしておりました」
ローマンは、金色の長髪をうしろで一つにまとめている。彼は椅子に座るわたしの前まで来ると片膝をつき、わたしの手をとって手の甲に口づけをした。
「うわっ、キザなやつ」
「ほんとほんと、王女殿下が穢れてしまう」
「うるさい、脳筋バカども。あ、失礼いたしました。王女殿下、陛下はもう間もなく参ります。初対面でさすがにエプロン姿は失礼ですので、着替えてから参るそうです」
わたしを見上げる彼の緑色の瞳は、知的で柔和な光を帯びている。
獣人って本当に野蛮なのかしら?
一瞬、そんな疑問がわいてしまった。
そのとき、また大食堂の大扉が開いた。
大扉が開いた瞬間、お話に書かれているように一陣の風が食堂内に吹き込んできた。
そう思ったときには、目の前にこれまで一度もお目にかかったこともないような美しい青年が立っていた。
美しい、というのでは物足りない。ゾクゾクするような美しさである。
とにかく、美しすぎるのである。
小柄でカッコ可愛い将軍ヴィクトル同様、銀髪である。
だけど、ヴィクトルとは瞳の色がちがう。
弟が燃えるような赤色一色であるのにたいし、彼の片方の瞳は、いまのわたしのドレスの血のような色の赤色で、もう片方の瞳は雲一つない日の空の色、つまり蒼色なのである。
オッドアイ……。
その不思議な瞳に、ついつい惹きつけられてしまう。
「ドミニク・ガリエ。王女殿下」
彼が一歩進むと、すぐにローマンが立ち上がって場所を譲った。彼もまたローマンとおなじく片膝をつき、わたしの手を取ってその甲にやさしく口づけをしてくれた?
「ドミニク、カッソーラ皇国へようこそ。お会い出来るのを心待ちにしておりました。わたしは、カッソーラ皇国の皇帝ラウル・フランキ。心より歓迎いたします」
すべてを見透かすかすようなオッドアイに見上げられ、焦ってしまった。
偽者だって告白しなければ。告白するのだったらいまのうちよ。いまだったらまだ、事情を話せばわかってくれるかもしれない。
でも……。
本物が逃げてしまっただなんて告げれば、彼はきっと怒ってしまう。すぐに弟に命じ、国境で駐屯している軍にペレッティ国に進軍するよう命じるかもしれない。
自慢ではないけれど、わたしの祖国は強くない。大陸最強と謳われているカッソーラ皇国の軍に勝てるわけがない。
わたしのせいでペレッティ国が侵略されてしまったら?
でも、隠しとおせるかしら?
どうしよう。どうしたらいいの?
「あの……、皇帝陛下、ドミニク・ガリエでございます……」
結局、そう自己紹介していた。
だますのは心苦しいけれど、わがまま王女が逃げた時点でわたしがなりすまさねばならなかった。
そういう運命だったのかもしれない。
いえ、ちょっと待って……。
これって、もしかして最初から仕組まれたこと?
まさか婚約を破棄された瞬間から仕組まれたことだったの?
まぁ、婚約は破棄されるはずだったんでしょう。それが、このタイミングでされたというわけね。
なんてこと!
バレても知らないわよ。もしくは、わたしの良心が耐えきれずに真実を告げてしまっても責任は持たないわよ。
その推測、いえ、まず間違いないでしょう。とにかく真実に行き着いた瞬間、何もかもバカバカしくなってきた。
いっそ、バラしてもいいんじゃない?
って、そこでハタと気がついた。
わがまま王女は、兄であるくそったれの王太子同様美形で有名である。金髪碧眼、そこにいるだけでキラキラと輝くような存在だわ。
もっとも、内面は兄同様くそったれだけど。
そんな彼女の外見と比較して、くすんだ不吉な黒髪と同色の瞳、顔の造形もスタイルもパッとしないというよりかは、人間の女性と呼べる程度のわたしとは、比べようにも出来ない。
バラと雑草以上の差がある。
そもそもごまかしようがないじゃない。
今朝、わがまま王女のメイドたちが、適当にお化粧をしてくれたけど、普段はいっさいお化粧なんてしないわたしに白粉やルージュをぬったところで、子どもが壁に絵の具をぬりたくるくらいにしかならないでしょう。
それに、馬車の中で散々食べたり飲んだりしちゃったから、お化粧もとれてしまっているにちがいない。
幸運にも肌だけはきれいだし、健康体で血色もいい。だから、お化粧の一つもしようとしなかった。
いまさらだけど、もしかして婚約破棄の原因は、それもあったのかしら?
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