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獣人の国にて溺愛される 2
「ゆっくり話をしたいところですが、まずは夕食にしませんか?シチューがお好きだといいのですが」
「え?あ、は、はい。シチューは大好きです」
「よかった。では、さっそく準備いたしましょう。ローマン、頼むよ」
「承知いたしました、陛下」
皇帝陛下はわたしの手を取って立たせると、長テーブルではなくガラス扉の方へと向かった。ガラス扉は開いていて、二人掛けの丸いテーブルがある。すでに、食事出来るようセッティングされている。
彼が椅子をひいてくれ、わたしは着席した。
ローマンが葡萄酒を持って来てくれた。
そこからが、心づくしのおもてなしである。
オードブルにはじまり、スープ、ポワソン、ソルベ、メイン、デザート、最後には紅茶と焼き菓子をいただいた。
どの料理もこれまで生きてきた中で食べたことがないほど美味しかった。
堪能しすぎてしまった。
この後、わたしが彼らに食べられるのだとしても、満足である。
それほど最高だった。
おかわりの紅茶を飲みはじめて、緊張がほんのわずかほぐれてきた気がする。
食堂内で、小柄なヴィクトルと大きなマティアスが食事をしながら言い合いをしているのをのぞいて、静かである。
人の気配がまったく感じられない。
一度気になりだすとどうしようもない。
これまで、わたしは性格も行動もすべて作っていた。
くそったれの元婚約者である王太子用に、である。
本来のわたしは、どうしようもなく好奇心旺盛で活動的で前向きなのである。
まぁ、嫉妬深くないというのはそうかもしれないけれど。
それも、本当に愛する人があらわれたらわからない。
なにせくそったれの元婚約者との間には、愛なるものはなかった。それどころか、友人としての親愛すらなかった。
「陛下、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
好奇心に負け、そう口を開いていた。
「もちろんですとも」
神々しいまでに銀色の光を発しつつ、美しすぎる彼はやわらかい笑みを浮かべた。
「お料理はご自身でされるのですか?それに、こんなに立派なお城ですのに人の気配がまったくいたしません」
尋ねると、彼は驚いた表情になった。
「もちろん、皇都には大勢の使用人や官僚がいます。ですが、そういう人がいれば、あなたに負担になるかと思いまして。人でないわたしのもとに来てくれたのです。きっと勇気がいったと思います。そこに大勢の獣人が好奇の目を向ければ、あなたをよりいっそう怖がらせたり不快にさせてしまう。国境に近いこの城にあなたを迎え、ここでしばらくすごしてもらい、もしも気に入らなければあなたはこのまま国に戻ることが出来ます。それだと、あなたも少しは気が楽でしょう?わたしとしばらくすごし、興味を持ってもらえるのでしたら、そのときにはあらためて皇都に招待いたします。ああ、そうそう。使用人はおりませんが、あなたにけっして不自由はさせません。執事のローマンは、完璧ですので。それに、安全面についても同様です。近衛隊の隊長マティアスはこの皇国で二番目に強く、弟のヴィクトルはこの皇国で最強です。わたし自身も、剣はそこそこの腕前です。もっとも、剣より料理の方が好きですけど。剣を振ってムダに強さを誇示するより、料理を振る舞ってあなたを笑顔にする方が、わたしとしてもうれしいのです」
衝撃的すぎる。
なんて細やかな配慮なの?思いやりのかたまりじゃない。
胸が苦しくなってくる。
彼のやさしい笑みを見、オッドアイのやわらなか視線を感じながら、だましていることに対する罪悪感はもちろんのこと、それとは別のなにかが胸の中にひろがりつつある。
「おそらく、あなたは獣人について噂をきかれているかと思います。実際に感じていただき、決めてください。どのような判断になろうと、わたしはあなたの判断を尊重いたします。さて、長旅でお疲れになったことでしょう。あなたの荷物は、ローマンがあなたの部屋に運んでおります。今夜はゆっくりおやすみなさい。明日、また話をしましょう」
彼は、そう言うとみずから部屋に案内してくれた。
「あの、夕食はもちろんのこと、馬車に準備してくださったパンやパイもとっても美味しかったです。ここですごさせていただくのは構いませんが、このままだと太ってしまうかもしれません」
部屋に入ると、彼が扉を閉めようとした。振り返り、とりあえずお礼を言った。たぶん、良心の呵責に耐えかねたからだと思う。
「ありがとう。でも、あなたは痩せている。すこしくらい太っても大丈夫ですよ。あ、言っておきますが、獣人が人を食べるなんてことはありません。食習慣は、人と変わりありませんので。種族によっては、人よりずっと野菜の摂取量が多い場合もあります。だから、安心して食べてください。乗馬や散策など、体を動かすこともここだといっぱい出来ますので。では、おやすみなさい。良い夢を」
「おやすみなさい」
静かに扉が閉まった。
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