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獣人の国にて溺愛される 5
「キャーッ!」
ダメ。悲鳴なんて上げては、子どもたちを怯えさせてしまう。幻想的でほのぼのとした空気を乱してはダメ。
なんて自制心はきかなかった。
力いっぱい、それこそ森全体的に響き渡りそうなほどの悲鳴を上げてしまっていた。
当然、子どもたちや巨獣がこちらを見た。
同時に、足が動きはじめていた。
「モフモフ、モフモフだわ」
呆然とわたしを見つめる子どもたちをふっ飛ばす勢いで赤熊に駆け寄り、思いっきり抱きついた。
赤熊はびくともしない。
「モフモフ最高っ!もう死んでもいいわ」
赤熊のお腹部分はとくに毛がやわらかい。そこに顔を埋め、顔を何度もこすりつけた。
そう。わたしはモフモフ狂なのである。それも、救いようのない……。
モフモフしているものならなんでもいい。顔をゴシゴシこすったり、埋もれたり、とにかくモフモフはわたしの命と言っても過言ではない。
ひとしきり赤熊のお腹の毛を楽しんだ。顔を上げ、巨狼を見た。すると、巨狼はわずかにうしろに下がった。
全身銀色に輝いている。しかも、首のまわりだけよりモフモフした毛におおわれている。
「逃さないわよ」
自称モフモフハンターである。
狼だろうが熊だろうが、モフモフハンターのわたしから逃れられるものですか。
どんな手を使ってでも、モフる。絶対に逃さないわよ。
すばやく駆け寄り、首に抱きついた。
嫌がるかと思ったけど、巨狼はじっとしている。
ああ、しあわせ……。
巨狼のモフモフ感を味わいながら、心からしあわせを噛みしめてしまう。
男の子たちが赤熊によじのぼったりおしたりひいたりしてやんちゃをし、女の子たちは巨狼の背に乗せてもらったり抱きついたりするのを見るのは、微笑ましい。
わたしはそののどかでやさしい光景を、もう一頭の巨狼の首に抱きつきながら見ている。
その巨狼は身を横たえ、わたしは全身全霊をもってモフリ、モフられている。
わたしがいま抱きついている巨狼は皇帝陛下で、もう一頭の巨狼はヴィクトル、それから赤熊はマティアスである。
皇帝陛下が言っていた、昔、人間の迫害にあった際に逃げだし隠れてすごした獣人の末裔が彼らで、彼らは純粋な血を受け継いでいる。だからその真の姿は獣なのである。
皇帝陛下は、誇り高き銀狼である。その真の姿は、全身銀色に輝き美しすぎるほどである。
姿形もであるが、その力もまたすごいらしい。
いまでは神格化されて神獣とも呼ばれる彼らの力は、大国の二つや三つ簡単に消し去るほど強大であるとか。
わたしにとっては、そんな外見の美しさや強大な力などより、モフモフが大事である。
皇帝陛下に笑われてしまった。
この国の民ですら、この姿を見れば怖れおののいてしまう。それなのに、きみは怖れおののくどころかおおよろこびしてくれた。
こんな反応ははじめてだ。
そんな風に言われましても、モフモフ狂のわたしにはモフモフしか目に入らないのです。
マティアスやヴィクトルは、ときどき孤児院の子どもたちの遊び相手になっているらしい。
心やさしいモフモフ、いえ、神獣なのである。
ちなみに、わたしの一番のお気に入りは、執事のローマンである。
金色に輝く獅子である彼のタテガミのモフモフ度は、わたしの心を完全に狂わせてしまった。
彼らの真の姿を知って以来、わたしの世界は一変してしまった。
それからまた数日の間モフモフに癒されまくっていたのであるが、この日、皇帝陛下から打診されてしまった。
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