Y字路

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 間取りはどうなってるんだろう?  視線の遥か先に、薄い三角の形をした家が見えた。  カンカン照りの太陽の下。遠くの白茶けた壁も、トボトボ歩いてきた知らない道も、作りものめいて生気がない。  ここ、どこだろう?  喉乾いたな。  車、飛び出してくるんじゃなかった?  まあ、アイツの車に戻ったとしても飲み物は無い。オレがコンビニで買い忘れ、キレたアイツはオレの腹を殴った。  人っ子一人いないのに、無駄に真新しいアスファルト。両サイドには、打ち捨てられ雑草が生えた畑。日差しに干からびた朝顔が、フェンスにへばりついている。  いつものことで、耐えられないわけじゃなかったのに。殴った後は、ごめんってオレを抱いてくれる。愛してるって言って、手を繋いで郊外のアウトレットモールを回るんだ。  顔を上げると、尖った家の角が目に飛び込んだ。やっぱり薄い。  左の道は緩やかに下り、別れた右は急な登り坂。どこに続いているかはわから……な……  え?  海?  わずかな潮の香りが鼻をくすぐった。  アイツと出会ったのは真夏の海だった。  足がつって溺れた友人を助けたのは、優しくてお節介で日に焼けた長身の男。透明感のない観光地の砂浜が、キラキラ輝いて見えた。  カラカラとサッシ窓を引く音がする。見上げると、右手の急坂に面したベランダにはためく毛布。鮮やかな黄、可愛いくま柄。  無造作に置いてある三輪車に気付く。  嗚呼この家で、確かな幸せが生きている。  緩慢な下り坂に続くのは、きっと海。    目をつぶる。  右か左か。  幻の波音がオレを呼び……殴られたみぞおちがズキリと痛む。  晩夏の熱気を吸い込んで、オレは大きく一歩を踏み出した。 【終】
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