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ー2ー
真っ赤なカーネーションとハートのデコレーション、流行のアイドルグループの曲がエンドレス。来週に迫るバレンタインデーの特設コーナーには、甘い香りが漂っている。
「女の子の勇気を受け止めて!」
ピンク色のハートの中に、チョコで書いたような茶色の文字が踊る巨大な看板。季節限定の商品や、有名ショコラティエ監修の高級品、定番チョコ菓子の大袋に、キャラクターものまで、ズラリ揃っている。カラフルなデコレーションアイテムが並ぶ手作りコーナーには、ご丁寧にレシピが載った無料冊子がぶら下がっている。
『亜衣は、誰かにあげないの?』
一昨日、親友の優奈が廊下に顔を向けながら訊いてきた。意味深な強調は、質問じゃなくて詰問のニュアンス。彼女の視線の先には、あたしの幼馴染み、土屋建翔の背中がある。いつものように友達と馬鹿話しながら出て行くところ。次は体育で、教室は女子の更衣室になるから、男子はさっさと閉め出されるのだ。
『そんな相手いないって。ユナ、友チョコする?』
副級長が窓と廊下のカーテンを引き終えたのを確認して、あたしはブレザーのボタンを外す。
『んー、隣町のエオンでさぁ、ショコラマルシェってイベントやってんのよ。私、限定の生チョコのマリトッツォ食べに行きたい』
『は? マリトッツォって、あの生クリームのお化けみたいなヤツでしょお? あたし、ムリぃ』
昨年からの流行だとかで、コンビニだけでなく、商店街のパン屋さんにまで、「生クリームの刑」を与えられて顎が外れたみたいなスイーツもどきが溢れている。一度試したけれど、こっちまで「生クリームの刑」のとばっちりを受けて、夜中まで胃がもたれた。アレならシュークリームの方が、まだマシだ。
『そう言わないでさ、金曜日付き合ってよ。三連休だから特売やってるよ』
なに、特売だと?
咄嗟に顔を上げたら、スカートの下にジャージーを履いたユナがニヤッとあたしを見下ろした。ちっ、声に出さなかったのに。
『カート押すからさぁ』
マリトッツォはいただけないが、お一人様1個までの商品が2個買えるのは有難い。
『朝一特売に間に合わせてよ?』
『任せて!』
秘密のミッションに挑む工作員のように、あたし達は口角を上げて頷き合った。
ショコラマルシェの会場は、吹き抜けになったイベントスペースに設置されていて、市内外の有名店も出店していた。バレンタイン前の連休ということもあってか、女性客だけでなく家族連れの姿も多い。あたしは、イートインコーナーの空きテーブルを首尾良く確保したので、スマホを開く。デジタルチラシで、午後のタイムセールの特売品をチェックする。
「お待たせぇ!」
笑顔のユナが向かい側に座る。運んできたトレイには、テニスボールほどの大きさのブリオッシュ生地のパンが、上品な薄茶色のチョコクリームを詰め込まれて、あんぐりと顎を外していた。
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