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「やー、満足ぅ」 「あたしゃ、見てるだけで腹一杯だよ」  周囲から襲い来る甘ったるい香りに耐えられず、カップ自販機で調達したカフェオレを啜る。もちろん、ノンシュガーだ。 「スイーツは、ココロの栄養じゃん。……あれ? (たちばな)さんだ」  ユナの瞳があたしの顔から逸れて、眉間にしわが寄る。 「なんかあった? 彼女と」 「ううん。私は」  不機嫌めいた視線を追って、首を捻る。橘さんは、某有名店の看板を掲げたショーケースの前で、小さな紙袋を販売員から受け取っている。派手なオレンジ色のコート姿だ。華やかで大人っぽい印象がある彼女には、よく似合っている。 「あんた、いいのぉ? ツッチーのこと」 「は……な、なに? なんの話よ?」  思いがけない名前を出されて、動揺した。表情に出ないよう気をつけながら、正面に向き直る。ユナは真顔だ。 「橘さんのアレ、本命チョコじゃん。ツッチーに告る気だよ」 「……は?」  なんでそんなこと知ってんのよ。という心の声は飲み込んだ。 「この前、トイレで聞いちゃったんだよねぇ。あの人、ツッチーのこと好きだって話してた」 「ふぅん」  慎重に、泡の下に隠れた液体を啜る。 「アイツ、レギュラー取ったって言ってたじゃん。バスケ部の練習覗く女子、増えたらしいよぉ」 「ええ? タケのせいじゃないでしょ」  「タケ」は、幼稚園の頃の呼び方。小学生になると「ツッチー」と呼ばれるようになった。あたしも学校では呼び方を変えたけど、プライベートでは「タケ」が飛び出す。「ツッチー」と呼ぶのは、なんだか照れ臭くって。 「分かってないー。隠れツッチーファン、そこそこいるよ?」 「なにそれ、ウケる」  空になったカップをクシャッと潰す。小3までは、あたしよりチビだったくせに、昨年の夏頃からニョキニョキ背が伸びた。クラスでも、ちょっと目立つ存在になっていることは知っている。 「日曜日の練習試合、見に行くコ、多いんじゃないのぉ? バレンタインの前の日だしさぁ」  幼馴染みがモテるのは結構なことだ。あたしには関係ないけれど。 「あたしばっか煽ってないで、ユナは誰かいない訳? シオン様以外で」  少しズルい強行手段で逃げる。彼女がK(韓国)アイドルグループJIBE(ジャイブ)のメンバー、「シオン」の推しだということは、重々承知。 「は? シオン様しか勝たんでしょ。神だもん」 「あー、はいはい」 「次のタイムセールまで、まだ時間ある? 先月出た写真集、見に行きたい」  テーブルの上のゴミを手早くトレイに乗せて、ユナは急かすように立ち上がる。 「2冊持ってんじゃん」 「会いたくなったのぉ。アイが煽るからぁ」 「はいはい。じゃ、書店に行こっか」  あたしにつまらない探りを入れてきた彼女の頭の中は、一瞬で「永遠の貴公子・シオン様」への愛に染まった。狙い通り。小1以来の長い付き合いは、伊達じゃない。
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