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#3 おねだりの行方
机の上の某敵が十体を過ぎた頃には、描かれる落書きも大分砕けてきて、某アニメと関係なく適当な画の上に『ね む し』とだれた字が這ったり、突然『ねこかいたい』だったり、『今までのは全部(カメラの絵がある)済』としなくてもいい対応と報告までされたりしていた。かと思えば落書きが更新されない日もあった。
『君も描いてよ』
そんな奴とのやり取りにも慣れた頃、十何体目かの敵の横に、その一言がぽっと投下された。
『君も描いてよ』の横には、字と同じく女子が書いたようなぷっくりしたハートが存在を主張している。
会ったこともないのに、そいつの表情が浮かんでくるようだった。
描いてよと言われても、俺は描くについては全くの論外だ。
それでもその字とハートが指でつついてくるようで、仕方なく俺はいつしかシャープペンを構えて机の木目を睨んでいた。
奴が描いた次の敵を描いてみる。
図形だ。図形みたいものだ。運が良いことに次の対象は園児でもかたちを捉えられそうな気がする、簡易なツチノコみたいな造形の奴だった。
落ち着いて。誰だって、何度も観て知っている対象物を思い描きながらその輪郭をなぞっていけば、描けない訳がない。
…………何だこれは。
描いたそれと完成予想図との乖離に、逆に感動する。
見事撃沈した俺は、最早図形かも不明なそれを消し去り、
『描いてよ』の下に『ちゃんと授業聞けよ!』と走り書いた。
奴のおねだりに苛立った訳じゃない。
そいつの落書きには、正直毎回愉しみを覚えていた。
それなのに気の利いた返しを出来ない自分が、情けなかったのだ。
次の日本史で、机の右下はそのままだった。
あれ。気を損ねたか? 描かない日もあったし、まあいいか。
多少気にはなったが、そう思うようにしてこの日は授業に集中することにした。
その次の日本史も、落書きに更新は見られなかった。
え? 休み? それか腹立って席変えた?
波のような動揺が訪れたが、だからといってどうすることも出来ない。
気にするな。たかだか落書きの返事? くらいでと、無理矢理抑え込もうとする。
愉しみにしていた源平の騒乱が、耳の左から右へ流れていた。
さらにその次の日本史でも、とうとう机上に一ミリの変化は現れなかった。
いたたまれなくなって、俺は自分の書いた『ちゃんと授業聞けよ!』を消した。
ここへ来て、これまで深く意識することのなかった落書きの主が、誰なのかということが急速に気に掛かり始めた。
このクラスはニ年限定だ。一年の選択科目に日本史はないし、三年は受験対策で悠長に移動などしない。「だから君達は特別なんだよ」と、担当の先生は以前得意げに語っていた。
そして2A〜2C、2D〜2Fの各合同で分けられている。
俺は2C。2D〜2Fの、誰かなのだ。
俺は先生にもうひと組の日程をさり気なく訊いてみた。
もう一方のクラスで、俺の席に座っているのが誰か訊けば一発なのだが、机の落書きに繋がることは、どうしてか誰にも秘密にしておきたかった。
次の2D〜2Fの授業は水曜の四時間目。三時間目の俺のすぐ後に、奴が来る。
ストーカーみたいな真似を考えて後ろ暗かった。だけど俺は、もう次の日本史に狙いを定めるつもりでいた。
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