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36. もう干物女なんて言わせませんから!
『たまたまじゃないわ。実はね……』
ララ様が浮遊霊としてどう彷徨ったのか、その様子を初めて聞かされた。
霊魂になった彼女は先ず、風俗店の一室で自身の携帯を探したが見つからなかった。それから門前を追って彼のマンションまで辿り着いたものの、霊魂が人に直接危害を加えることは叶わず、誰かに憑依するしかないと考えた様だ。
でも、彷徨ったところで死にかけた人なんてそうは見つからない。仕方なく朝になって会社へ向かうことにした。門前の近くでどう復讐しようか思案していた時、フロアーで私の姿を見かけたのだ。
……似てる。綾坂花って言うのね。
『地味で暗い娘だったけど、気になってねー』
『まぁ否定はしません』
それから私を興味深く観察する。絵梨花Grにモラハラされたり、謝恩会の会計になって憂鬱な気分だと知って、助けてあげたいっていう気持ちと、憑依して門前を殺したいっていう二つの心境に駆り立てられてしまう。
『花は顔立ち、スタイルが酷似してたからね』
『それで後をつけてきたのですか?』
『ええ。憑依するなら花しかいないって。ちょうどヤケ酒飲んで風呂場で倒れたものだから、チャンスだと思って』
なるほど、社内で目をつけてたのね。
『憑依できたから、門前を追い詰めようと思ったけど、やっぱりその前にお礼がしたくてね』
『だから、親身になってくれたのですね』
『そうよ。花は自分に自信がなかっただけ。それに気づいてほしくて、厳しく接したかもしれないわ。辛かったでしょうけど。……ごめんね』
そんなことはない。ララ様の特訓のおかげで私は変わっていったのだ。すごく感謝してる。
『だからこれからも自信持って生きていくのよ』
『ララ様、でもずっと一緒にいてくれますよね?』
『残念だけど、お別れね』
『ええっ、何でですか!』
『だって、この世の未練が無くなったんだもん』
ーーと、不意に身体がふわっとした気分になった。
『あ、あのこれは?』
『少し、身体が軽くなったでしょう』
『この現象は一体……?』
『わたくしの魂が抜けかかってるのよ』
『い、嫌だ、嫌です。行かないでくださいっ』
『花、貴女は美しくて賢い女性よ。そのこと忘れないでね』
『ああぁぁ……ララ様、待ってよお! 一人にしないでぇぇ!』
『最後に、その巨乳は置いていくわ。それと翔のこと、よろしくねー』
身体から魂が抜けていく感覚に襲われた。激しい脱力感で私はその場でうずくまってしまう。
はぁはぁはぁはぁ。ララ様、待ってください、寂しいですよお。
『じゃねー』
……ララ様。
彼女の魂が完全に抜けていった。余りにも突然の出来ごとだったけど、現実を受け入れるしか選択肢はないのだ。
ああ、本当にお別れなのですね。辛いけどこれまでありがとうございました。私、根暗引きこもり人嫌いから脱却し、立派な社会人になってみせます。
もう〝干物女〟なんて言わせませんから!
青色の光がスーッと窓から空へ向かって消えていく。私はいつまでも眺めていた。
──さよなら、ララ様。
── END ──
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