9: 友達の証

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9: 友達の証

 8月の終わり。 夏休みも残り少なくなった頃、 行くのを忘れてしまいそうな登校日がある。 なんで1日だけ行かないといけないのだろうと、 面倒くさい思いで学校へ行ってみると、案外、 新鮮な気分で友達と会え、楽しいものだ。 胡桃と真美はプールで何度か会っていたにも かかわらず、廊下で会った時は、声を合わせて 名前を呼び合い、手を取り合って喜んだ。 「わー。真美ちゃん、焼けたね。 どこに行ったの?」 「千葉のお祖母ちゃんの家。 海が近いから、何回も泳ぎに行ったの。 胡桃ちゃんはどこに行ったの?」 「私は北海道。車でフェリーに乗って、 行ってきたの」 「すごーい! 車もフェリーに乗れるの!」 そして胡桃は鞄から小さな袋を取り出して、 真美に渡した。 すると、真美もポケットからピンクの袋を パッと出した。 「はい、お土産!」 「私もお土産!」 胡桃は北海道で、ヒマワリの刺繍がかわいい ミニタオルをお土産に買ってきた。 真美も千葉で貝のキーホルダーを買って来ていた。 お揃いの物を持つのも、 二人の親友としての約束事の1つなのだ。  チャイムが鳴ると、廊下で騒いでいた 生徒たちがそのまま流れ込み、お祭り騒ぎの ように賑やかになった。 胡桃は席に着き、香織の席を見た。 まだ来ていない。 〈もしかして、登校日の事、 忘れているのかなぁ〉 真っ黒に日焼けして、より鍛えて太くなった ように見える腕を回しながら、若林が教室に 入って来た。 「おはようございます!」 「おはようございます!!」 若林は簡単な挨拶をしてから、咳払いをした。 「え~、実はですね。 中野さんがこの夏休みの間にお父さんの仕事の 関係で引越しをしました。 最後にみんなと挨拶が出来なかったのが残念 です、と言っていました」 〈引っ越し?  そんな事、何も言っていなかったのに〉 胡桃は誰よりも驚いた。 というか、他の生徒はほとんど興味が無い ようにも見えた。 「今から配る鉛筆は、中野さんからのプレゼントです。大切に使いましょうね」 若林が珍しく数を数えながら、 鉛筆を配り始めた。 カシャカシャと音を立てながら、 鉛筆が後ろの生徒へ回っていくと、 「いらね~」とか「お前にあげるよ」とか 好き勝手な事を言う生徒がいた。 洋子もその内の一人だ。 後ろを振り向いて、大きく手を伸ばしながら、 胡桃に鉛筆を渡した洋子は「何も言わずに引っ越しちゃうなんて酷いよね」と、嫌みっぽく 胡桃に同意を求めてきた。 胡桃は寂しかった。 もっとたくさん香織と話をしたかったし、 シールや便箋の交換もしたかった。 自分には引っ越してしまうことを教えて 欲しかった。 ピアノの稽古で使っている鞄に、 ピンク色の鉛筆をしまった胡桃は、 鞄の中でそっと真美にあげたお土産の袋と 同じ袋に手を触れた......
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