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私の周りだけ酸素が薄いのではないかと思えるくらい高校生活は息苦しかった。喘ぐように呼吸しながら生きているのを、私以外は誰も知らない。
「――はい、じゃあ佐山さん。あなたならどこが間違っているかわかるでしょう?」
教壇の上の有馬先生――アリセンが口元に笑みを浮かべながら私の名を呼ぶ。赤い口紅で縁取られた唇の両端を上げている本人は慈悲深い笑みを浮かべているつもりかもしれないが、私は肉食獣に見つかった草食獣の気持ちにしかなれなかった。
黒板に書かれた英文は全体的に右上がりだし、単語と単語の間隔がばらばらで美しくない。この文章が書かれた瞬間からわかっていた文法上の間違い――私の前に二人の生徒が答えられなかった――を答えると、アリセンはわざとらしく大きな音を立てて拍手をした。この女は教壇を自分の舞台かなにかと勘違いしているらしい。
「正解! さすが絵美子ね! みんなもこのくらいの間違いはすぐに気づかないとダメよ」
アリセンは馴れ馴れしく下の名前で私を呼ぶ。やめてくれ、と心から思う。英語が苦手な二人の生徒を指したあとに私を指すのは、この女の演出だ。私が正解を答えるとまるで自分自身の手柄のように喜ぶ。私が英語が得意なのは父が英文科の教授で幼いころから家の中に英語があったからであって、あんたの手柄じゃない。
こいつの前で酸欠を起こして倒れてやりたいといつも思うが、そんなことをしたら香水のきついこの女が駆けつけてくるだけだろうから私は表情を消したまま椅子の上で耐えていた。
視線だけを窓際の席に向ける。前から二番目の席に座っている彼女の後頭部に小さな寝癖を見つけ、私は呼吸を取り戻した。
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