彼女はアクアラング

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 息苦しい英語の授業が終わると窓際の席に突進して寝癖つきの後頭部に近づき、背中から腕を回して彼女を抱きしめた。 「むっちゃん、もうやだ。つ〜か〜れ〜た〜」  抱きつかれたむっちゃんは笑いながら「今日のアリセンもめっちゃわざとらしかったよね」と言いながら腕を後ろに伸ばし、私の頭を撫でてくれる。不自然な体勢だからうまく撫でられないのがかわいらしい。 「ほらエミー、次は世界史なんだからいつまでもむっちゃん抱きしめてないで、行くよ!」 「やだ〜、癒やしが足りない〜」  私の背後からやってきた知花(ちか)に無理やり腕をひきはがされる。次の時間は選択授業だから世界史の私は隣の教室に移動しなければならない。日本史選択のむっちゃんは英語の教科書をしまって日本史の教科書を取り出していた。 「私、今日だけ日本史になるからむっちゃん教科書見せて」  腕をもう一度むっちゃんの肩に巻きつけると、今度こそ知花にどつかれた。  むっちゃんこと小宮睦月(こみやむつき)とは二年生で同じクラスになった。出席番号順で席が決まる四月、むっちゃんは私の前の席に座っていた。明るい色のショートカットは染めているのではなく地毛だ。癖のある髪はふわふわしていて、その髪を後ろから眺めていると昔飼っていた犬のムクを思い出した。  学校で嫌なことがあると、私はムクを膝にのせていつまでもふわふわした毛を撫でていた。誰にも言えない悩みはすべてムクが聞いていてくれた。
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