ほろ酔いラッキービターキス

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* * * *  それは他愛もない、いつもと変わりのない穏やかな日のことだった。  月に一度買いに来てくれる年配のご夫婦を見送り、そろそろ閉店準備を始めようと厨房に入った時だった。  扉が開く音がして慌てて店の方に戻る。そこには一人のスーツ姿の男性が屈んで、ショーケースの中のケーキを覗き込んでいた。 「いらっしゃいませ」  声をかけてみたが、ケーキに見入っているのか返事がない。まぁ何かあれば聞いてくるだろう。 「……こちらのケーキはグルテンフリーだと伺ったのですが」 「えぇ、小麦粉、卵、乳製品は使わずに作ってます。良かったらご試食されますか?」 「いいんですか?」 「もちろん。食べてみないとわからないのがうちのケーキですから」  ショーケースから小さめのロールケーキを一切れ取り出すと、お皿にフォークと共に載せて男性に渡す。  その時にようやく男性の顔を見た利麻は、衝撃のあまり固まってしまう。しかしそんなことをよそに、男性はお皿を受け取るとケーキを口に運ぶ。 「本当だ。普通のケーキよりもっちりしていて美味しいですね」 「えっ……あっ……そうなんです。小麦粉の代わりに米粉を使用しているんですよ。クリームは豆乳で作っているので、アレルギーの方でも召し上がっていただけるようになってます」  利麻は慌てて顔を逸らした。彼は気付いていないように見える。それでも心拍数が上がり、呼吸が乱れ、普通に話すのも困難になる。  きっと間違いではないはず。目の前にいるのは、私がファーストキスを奪ってしまった茂松くん。あんなに必死になって避け続けた彼の顔を忘れるわけがない。あれから五年経つけど、ほとんど変わっていない。  利麻は深呼吸をする。大丈夫、このまま店員としてスルーしよう。  ただ利麻の中で疑問が生まれる。彼はどうしてこんな郊外の、しかもうちみたいな小さな洋菓子店に来たんだろうか。訳がわからなくて頭が混乱する。  その時彼が棚にぶつかり、置いてあった焼き菓子が床に散乱した。 「あっ、すみません! 今拾いますね!」  一成がしゃがみ込んで拾い始めたので、利麻も慌ててカウンターの中から外に出る。 「そのままで大丈夫ですから」 「いえいえ、僕のせいですし……」 「私がやるので置いておいてくださ……!」  しかし焼き菓子を拾おうとした手を、突然彼に掴まれた。  利麻は心臓が止まるかと思った。何が起きたのかわからず、暫しの沈黙が流れる。それから恐る恐る彼の方を向くと、一成はニヤッと笑ってこちらを見ていた。 「気付いてないと思った? キス魔の柳田利麻先輩」  利麻は唾をゴクリと飲み込んだ。
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