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なんだろう……この感じ。利麻はあの日の出来事について眉間を寄せて考えを始めた。彼とはそんなに親しかった訳じゃない。いろいろ話しかけられて、返事をしていたくらい。そんな私たちの間に何かがあるとは考えにくい。
その様子を見ていた一成は、利麻が何かを思い出しかけていると察した様子で、彼女を一心に見つめる。そして口を開いた。
「先輩、俺にキスしてよ」
『先輩、キスしてください』
否定しようとした時、頭の中に今の言葉と同じシーンがうっすらと蘇ってくる。どこかで同じようなことがあった?
「俺、先輩とならキスがしたい」
『先輩とならキスしたい』
ぼんやりとしていた映像が、徐々にはっきりし始める。お酒を飲まされて机に突っ伏した私の耳元で、そうやって誰かが囁いたのを思い出した。
ちょっと待って。もしこれが過去の出来事だとしたら、私はあの後になんて答えたの?
利麻は戸惑いながら一成を見つめるが、彼はただ笑顔を向けた。
「思い出した?」
「今の言葉って、現実にあったこと?」
「もちろん」
「……その……私はなんて答えたの?」
すると一成はニヤリと笑うと立ち上がり、利麻の手に触れながらドアを閉める。そして彼女の顔の脇に両肘をつくと、息がかかりそうなほど顔を近づける。
「『そんなことはいけません』って叱られたよ」
それを聞いてホッとする。大丈夫、ちゃんと断ってるじゃない。しかし彼の言葉はそれだけでは終わらなかった。
「だからね、こう言ったんだ。『俺は昔からラッキーボーイって言われるくらい、運がいいんです。キスしてくれたら就職が決まるかもしれませんよ』って」
"就職"、そのワードを聞いた瞬間、あの日の記憶が全て蘇り、体中の体温が奪われるかの如く、血の気が引くのがわかった。
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