ほろ酔いラッキービターキス

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* * * *   少しでも動いたら唇が触れ合ってしまいそうな距離まで一成は顔を近付ける。  それに対して利麻は警戒心を解くことが出来ず、利麻は顔を背ける。 「やっと見つけたよ。時間かかったな」 「ねぇ……なんなの? どうしてお店を知ってるの……? 見つけたって……何しに来たの?」  一成は体を離すと、散乱したままの焼き菓子を手に取る。 「あぁ、それはたまたま。うちの会社、アレルギー対応の洋菓子に力を入れる予定でさ、なかなか評判の良いアレルギー対応のケーキを作っている元従業員がいるって聞いたから、ちょっと偵察。まさか先輩の店だとは思わなかったけど。これも食べていい?」 「い、いいけど……」  利麻の頭は混乱していた。ちょっと待って……うちの会社? 元従業員? 茂松くんも同じ会社にいるということ?  一成はマドレーヌの封を開けて食べ始めると、目を見開いて笑顔になる。 「すごく美味しい! なるほど、社内で噂になるだけあるな」  利麻は怪訝な顔で一成を見ていた。彼の言うことはまるで雲を掴むような内容ばかりで、何を言いたいのかわからない。だからこそ不安になる。 「あの……仕事の話ならまた日を改めてくれる? 今日はもう……」  その瞬間、利麻は一成の腕の中に堕ちていた。 「ここには確かに仕事のために来たよ。でも今は違う」  強く抱きしめられ、息が止まりそうになる。 「『俺の人生をかけるから……もし俺のキスのおかげで内定がもらえたら、俺と付き合ってくれますか?』」  それは私に苦い思い出を植え付けた、あの時の言葉だった。 「あの時、俺は先輩を好きな気持ちに人生をかけたんだよ。それは今も変わらない」  利麻は言葉を失う。 「……内定をもらったのはただの偶然でしょ? それにあんな昔の約束を今更……だってもう五年も前のことなんだよ? 同じサークルだったのはたった一年だし……私は君のことをよく知らない。そんな人のこと、どうやって信じればいいの?」 「あまり堅く考えないでよ」 「えっ……」 「今更でも良くない? 付き合ってからゆっくり知ればいいと思うんだ。付き合うってそういうことじゃないの?」  利麻は何も言えずに黙り込んでしまった。  だってそんなこと、彼氏いない歴=年齢の私が知るわけないじゃない。
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