プロローグ

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九州は天草大矢野島に小西行長の家来で益田甚兵衛という者がいた。 彼は宇土藩士で祐筆(事務官僚)として小西家に仕えていたが藩主行長が関ヶ原に於いて敗れ、京都六条河原にて斬首されると宇土城下より故郷大矢野島へ戻っていた。 その後 天草は唐津藩の飛び地として藩主 寺沢広高が治めその後 二代目堅高(かたたか)が領主となったが禁教令により広高が行ったキリシタン弾圧を遥かに凌ぐ過酷さで厳しく取り締まっていた。 甚兵衛は武士を棄て切れずに失意の中にあったが半農半漁で何とか生計を立てながらツネという妻と二人の娘に恵まれ貧しくとも小さな幸に囲まれていた。 娘達が十代になると長女のフクと次女のトキは人形のように美しく器量良しで他の村まで噂されるようになっていた。 そしてフクが十五歳、トキが九歳の頃、末っ子のマンが生まれ三人姉妹の賑やか日々が続いていた。 キリシタン大名小西行長の旧臣であった甚兵衛夫婦はキリスト教華やかな頃に藩主にならいポルトガル宣教師による洗礼を受けた生粋のキリシタンだった。 しかし弾圧が激しくなり司祭も姿を消し仕方なく三人の子供達は秘密裏に形だけの洗礼を行ないフクをレシイナ、トキをリオナ、末っ子のマンをマルイナと洗礼名を授けた。
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