トンネル

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『こっち、みき』  屋敷の前で右往左往する私に、門の影からひょこっと顔を出した10歳上の兄、ゆうき。私は猫のように全身がビクッとなったのを覚えている。ゆうきが直帰せずに家の前を自転車で通るのを何度か見ていた。どこに行ってるのか気になって、必死で追いかけたのだった。尾行のつもりだったが、考えてみれば高校生の自転車のスピードに小学一年生が食らいつけるわけがない。ゆうきは私に気づいていて、ゆっくり走ってくれていたんだ。そんなことに今更気づいた。無口で不器用な私の兄。最後に話したのはいつだっただろう。  二年前の記憶を辿る。飛び石を行くんじゃなくて、門から入った左側に獣道みたいな人ひとり分通れる道があったはず。やっぱり変わってなかった。庭木と雑草のトンネルを潜っていく。このトンネルがジブリのワンシーンのようで私は好きだった。開け放たれた縁側に出る。お日様がオレンジ色に傾く中、黒猫の黄色い瞳は宙に浮いてるみたいに際立って、白い猫はみたらしがかかったみたいでなんだか甘そう。鼻に届くのは猫の毛の匂い。獣臭いわけじゃないんだけど、私は嫌いじゃないんだけど。見渡すだけで10匹以上の猫がそれぞれ好き勝手に寝たり伸びたりじゃれ合ったり。その奥、和室で横になっている黒い影。猫ばあさんがそこにいた。
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