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おとうさんはいつも、どうしていたっけ?
風呂場に立ちつくしてカイロは考える。そうこうしているうちにも、濡れた床はカイロのあしうらから熱を奪っていった。床に撒かれた当初はお湯だったのだろうが、すきま風に冷やされて、とうに水に変わっていた。
這い上がってくる寒気にあらがうために、カイロは手桶を手にとって、浴槽からお湯を汲み出した。お湯はうす緑色をしていて、人工的な木の匂いがした。
そうだ、最初にからだにお湯をかけて、それからお風呂に入るんだった。
肩からかけた湯はカイロの腹をなで、ふとももを少し濡らしてから、つま先に落ちた。おとうさんはいつも頭からざんぶとかける。湯船につかったときに髪からしずくが落ちて、湯とまざるのがいやだった。水でかたまったまま髪の毛が冷えていくのもいやだった。
湯につかったカイロの肌にちいさな泡がたくさんはりついているのが見える。手のひらでひざのところを撫でると、泡はカイロからはがれて、水面に浮かんだ。
メダカの病気が流行っていた。クラスで飼っていたメダカだ。
はじめに沈んでいるメダカに気づいたのはカイロだった。エサをあげていた子たちは、動いているメダカしか目に入らないようで、沈んだメダカは放っておかれていた。
カイロは毎日底に沈んだメダカをすくって、雑巾の上に並べた。メダカは、先に置かれた端のほうからひからびていって、煮干しみたいになった。
ある日、メダカの死骸でいっぱいになった雑巾を持って埋めに行こうとしていたカイロに先生が声をかけた。
「メダカが随分死んでいたのね」
先生は女の人だった。
「病気でも流行っているのかな。一度水そうを掃除しないとダメかな」
そう言って、そのまま行ってしまった。水そうはまだそのままで、メダカは毎日沈んでいた。
カイロがすねをこすると、今度はすねの表面から泡がはがれて浮かんだ。「メダカって死ぬと沈むんだよ」と、風呂でおとうさんに話したことがあった。「魚は死んだら浮かぶだろ」と信じてもらえなかった。おとうさんのすね毛とそれにからむ泡が、水草みたいだった。
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