待てばカイロの日和あり

5/7
前へ
/7ページ
次へ
 次にカイロは頭を洗うことにした。  はちみつの瓶の形をしたシャンプーをやっと使えるのだと思うとカイロの心は弾む。ポンプを押すと、黄金色の液体が手のひらにもったりと落ちた。  はちみつの甘い香りに花の香りが混じっていて、その主張の強さにひるんでカイロはなかばでポンプから手を離した。  おひめさまの匂いってこんな感じだろうか。このくらい強い香りでないと、おうじさまはおひめさまに気付けないのかもしれない。手のひらに出した液体に、そっと鼻を近づけてみながらカイロは思った。  こういうシャンプーを使うとき、おかあさんはどうしていたっけ、と考えて、カイロは自分の失敗に気づいた。おかあさんは先に髪の毛を濡らしてくれていた。どうしようかカイロはまよった。  ひとまずお腹に避難させておこうと、お腹にぬりつける。おかあさんがお風呂上がりにお腹にクリームを塗っていたのを思い出す。赤ちゃんとママの絵がかかれたクリームをお腹にぬって、手に残った分を弟のリクロに塗ってやる。カイロも手招きされたが、赤ちゃんのクリームはお姉ちゃん向けではないと思ったので断った。  シャワーのレバーをがくんとして、頭に勢いよくお湯を浴びる。痛い、と思った。  反射的にシャワーを離して上に向けると、噴水のようにお湯が降り注ぎ、それが肌に当たったときにああ熱かったのだと分かる。そのあとにやっと、温度の調整が出来ていないと気づいた。  人魚姫の足は、熱くて、痛かったんだと思う。  シャワーを恐る恐る足に当てる。お腹から上がってくるはちみつと花の香りと、足に覚える痛みで、本当におひめさまになったような気がする。足は真っ赤になっていた。  温度のつまみを「ぬるい」に回すと、やっとお湯とわかる温度になった。  太くて絡まった髪の毛の内側までしっかりと濡らして、お腹からとった液をのばす。シャンプーの泡はいつものボディソープの泡よりもすかすかで、髪の毛にぬるりと絡まった。海の中で自由にゆれる、人魚姫の髪の毛みたいだと思った。  足はずっと真っ赤だった。  青いプラスチック製のすのこの隙間に、いつのか分からない髪の毛が絡まっていて、それは沈んでいく人魚姫の身体の名残のようだった。絡まった髪は気持ち悪くて、不潔で、そんなものが残ると知っていたなら、人魚姫は死を受け入れなかったんじゃないかと、カイロは思った。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加