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放課後の図書室、私はそこに足を運ぶ。クラスの子たちはそれぞれに部活動や友だちと遊びに出掛けていく。けれど、私にはこの静かな図書室こそが心地いい。
南洞弥伊子というのが私の名前で簡単な字のようでやぼったい。不満を言うつもりはないけれど、決して可愛くはない名前とは思う。母は和菓子屋で働きながら一人で私を育ててくれている。とても忙しそうに見えるのだけれど、私よりもずっと明るくて元気だ。
「やーちゃん、いってらっしゃい」
そう言って毎朝私を送り出してくれる。父は私が小さい頃に亡くなってしまっていてあまり記憶に残っていない。父は百貨店のバイヤーで、母の店にスカウトに来て、いつの間にか店に通いつめ、住み始め、結婚に至ったのだという。父は病でこの世を去ったが、そこそこの退職金をもらった上に、それなりに貯金をしていたそうで、母は私に「あなたが独立するまではお父さんと私がきっちり送り出してあげる」そうよく言っていた。母は亡くなった父にぞっこんだったらしい。溌剌とした母をそこまで夢中にさせた父に少しだけ会ってみたいとも思うけど、元気な母のおかげで特に寂しく感じることはない。それに私が会いたい人は今、別に居る。
それはまだ春先の少し寒い頃、道に花を見かければ、めずらしく思える頃、私は図書室にいた。当時の私は数は多くないにしても友だちがいくらかは居て、大多数の高校生の子たちがそうするように友だちと遊んで帰っていた。その日図書室に寄ったのは偶然で、必然であったのであれば、それは嬉しい。なぜならその日の図書室には彼が居たからだ。彼はまだ寒さを感じるその頃に、あえて窓を少しだけ開けて外を眺めていた。机にはきっと読んでいたのだろう本が置いてあって、痛恨のミスとしてはその本がなんなのか覚えていないことだ。でもそれはその日の彼の姿が印象的で、目が離せなくて、大多数の高校生が感じるところのときめきを覚えていたからに違いない。
彼は図書室の入り口に立ち尽くす私に気づくと、窓を閉めて机の上の文庫本を手に持ってこちらに歩いてきた。私はなにも考えることができずに呆然としてしまい、すれ違う瞬間まで目の前の出来事を受けとめきれていなかった。今でこそ「ときめき」と表現できるそれをそのときの私は気づくことができなかった。そして、彼はすれ違い様に私に言ったのだ。
「君はこの本の主人公みたいだね」
私はその言葉に振り向くも、彼の姿はもう離れていて、追いかけるなんて思考にたどり着けなくて彼とのファーストコンタクトは終わってしまった。
それ以降、私は足しげく図書室に通っては彼の姿を探している。しかし、彼と会うことはできていない。幻だったのでは、そう思うことも増えてきていた。今日もきっと会うことは叶わないのだろう。そう思って、あの日彼がそうしていたようにわずかに開けた窓を閉じて、図書室の入り口を見たときに彼女に気づいた。大人びた髪の輝き、血色のよいはだ艶、大きな瞳にくっきりとした二重まぶた、女の自分でも心奪われる、そんな言葉が似合う少女がそこに立っていた。
「やっと見つけた」
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