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「弥伊子のお母さんは料理上手だな」
「あら、ありがとう。芦屋さん」
弥伊子の母は嬉しそうだ。芦屋恭子は、弥伊子の家で夕食をとっていた。弥伊子はむすっと黙っていた。事情を飲み込みきれていなかった。芦屋恭子は今晩停めてくれれば、望む時にメイクしてくれるといった。そういえば、芦屋恭子は有料でメイクをしているらしかったことを思い出した。弥伊子は芦屋恭子の提案に驚いたが、今手元にそれほどの現金がなかったので、やむなく承諾した。芦屋恭子に「今からメイクして欲しいのかい?」と、問われて、この時間からメイクされても獅童宰都に見せることができないことに思い至った。それに気づかず芦屋恭子を探し求めた自分が少し恥ずかしかった。弥伊子は確認で母に連絡したが、二つ返事で承諾してくれた。理解ある母親というか、少しルーズでは、とも思ってしまった。芦屋恭子に宿泊許可を伝えると大いに喜んだ。自分の家のことを尋ねたがあまり詳しくは教えてくれなかった。家までの帰り道で芦屋恭子は着替えなどを買い込んだ。弥伊子は芦屋恭子が以外と手持ちを持っていることに驚いたが、そういえば、彼女はある意味ですでに手に職を持っていて、自分で稼ぎを得ている。本人曰く、メイク道具にかかる費用もばかにならないので、それほどいつも持ち合わせがあるわけではないのだという。しかし、先週末にちょうど、吹奏楽部の大会に対して出場メンバー全員に対してメイクを施したことで、大きな収入を得られていたということらしい。
芦屋恭子はある程度の礼儀をわきまえて弥伊子の母に対応していて、弥伊子のイメージしていた暴れん坊の印象が和らいだ。けれど、関係のそこまで深くない相手の家に転がり込んで、夕食はもちろん入浴まで果たしているのだから、弥伊子には芦屋恭子がはかりきれなかった。普段からよく外泊しているのだろうか。芦屋恭子は弥伊子の部屋で眠ることとなった。自分が連れ込んだのだからやむなく受け入れたが、他人が自分の寝室にいることが落ち着かずなかなか寝付けなかった。芦屋恭子には明日の朝にメイクをしてもらう約束になっている。本人はすでに寝入っているようだ。弥伊子は頭の中に獅童宰都を思い描いた。明日の朝、彼は弥伊子を見て、なんというのだろう。また、物語の主人公のようだとささやいてくれるのだろうか。弥伊子は余計に目がさえていくのを感じた。
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