誰の目にも輝きを

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「弥伊子、お前昨日何時まで起きてた!」 今まで弥伊子は目立ちこそしてこなかったが、大きな悪事も起こさず、物心ついたころから、人に叱られる、という経験をしてこなかった。その為、芦屋恭子の恫喝に怯える、というよりも驚きのあまり声がでなかった。 「お前肌の張りはもとより、目の下にくまができてるぞ」 弥伊子は化粧のりやくまを隠すことについてそこから芦屋恭子のマシンガントークを聞く羽目になった。しかしながら、芦屋恭子は口を止めないまま、弥伊子を椅子に座らせると、隣で例の大きな化粧ケースを手早く広げ、すぐにメイクがはじまった。メイクが始まると弥伊子は芦屋恭子に支障を与えないために顔を動かさない努力をした。芦屋恭子は弥伊子が顔に意識を集中させるために芦屋恭子の演説を聞き流していることに気づかないのか口調も荒く言葉を続けていた。弥伊子は芦屋恭子が口調に伴って顔をぐいぐい引っ張るようにメイクを施していくことにも耐えた。頭の中ではしきりに獅童宰都のことを思い浮かべては顔を引っ張られて現実に引き戻されることを繰り返した。  弥伊子はふと壁掛け時計に目を向けた。弥伊子が中学生のとき、授業で縁取りを飾り付けた時計だ。時刻は弥伊子が普段乗る電車の出発時刻となっていた。弥伊子は朝ごはんも食べていない。お母さんはもう仕事にでたはずだ。芦屋恭子が声を張っていたから、出掛けに挨拶もできなかったのだろうか、あるいは芦屋恭子の声にかきけされたのか。弥伊子は右手を上げて芦屋恭子に時間を指し示した。口許はちょうど作業中で動かせない。芦屋恭子は弥伊子の指先に示された時計を一目見たものの、それがどうした、という表情のジェスチャーと軽いためいきで作業とお叱りを続けた。せめてお叱りはやめて欲しかった。 「まあ、こんなものかな」 芦屋恭子がそう言う頃には弥伊子が普段教室についているはずの時間だった。弥伊子は普段から余裕を見て登校しているが、それをもってしても、今日の遅刻は確定している。けれど、弥伊子がその点に関して言葉を挟めなかったのは、その仕上がりゆえのことだった。弥伊子は自分で自分の顔から視線がはずせなかった。髪型も自分では考えたこともない仕上がりで、チョークで部分的に色味の入った髪からは大人らしさが感じられた。 「ん、待てよ」 「なんだ、どうした。そんなに嬉しいか?」 「芦屋さん、髪に色ついてるんですけど」 「いいだろ、突飛な色をつける用途が多いが、使い方によってはこう仕上がる」 「いやいや、学校行くんだよ!」 「おう、目だっていいな!」 「私学校入らせてくれないよ」 「そうだな、時間帯的にはかなりきついものがあるな」 「うわ、もう、え、どうしよ」 「迷っている間に学校へダッシュだ、あ、本当に走るなよ、髪型が乱れる」 「もう、もう、もう」 弥伊子は鞄を肩に駆けて部屋を飛び出た。 芦屋恭子が両手をポケットに突っ込んであとからでてくる。 「今さら慌てても変わらないさ」
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