誰の目にも輝きを

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 そこからの作業は最初こそハサミをちらつかせた芦屋恭子に恐怖したところがあったが、徐々に鏡に映る自分の姿から目が離せなくなった。芦屋恭子は手際よく髪型を整え、メイクまでし始めた。 「校則違反とか言わないでよ。みんな気づかれない程度にベースメイクくらいはしてて当然なんだから」 弥伊子は変わり行く自分の姿に目が離せず何も話すことができなかった。どのくらい立ったろう。「今日はこのくらいにしといてあげる」そう、芦屋恭子が言ったころには鏡に映る自分が自分でないものに見えていた。 「ここ、もう暗いから仕上がりに文句言わないでね」 「あの芦屋さんは、そのこういう仕事してるの?」 「仕事、仕事かあ」 芦屋恭子はとたんににやつき始めた。にやつく様も形のよい唇の動きに目が話せなくなるほど絵になっていた。 「いずれはその予定。今はお遊び、というか修行になるのかな。ほら、学校って題材に事欠かないから」 芦屋恭子へ振り向いた時に自分の髪の動きに目を奪われた。自分のものではないような気がした。 「でも、そうね。あなたは別格。よかったら、」 芦屋恭子がそこまで言ったときに廊下の人物と芦屋恭子の目があった。 「おまえら、なにをしている」 「まずい、逃げるよ弥伊子」 私は訳も分からず、道具を抱えて走り出す芦屋恭子に習って、こぼれ落ちた芦屋恭子の道具を拾い上げてあとを追いかけた。  芦屋恭子はかなり足が早い。というか自分の足が遅いのか。芦屋恭子の跡を追いかけるうちに、自分が学校のどこにいるのか分からなくなってきていた。最後に行き着いたのは、音楽準備室だったと思う。吹奏楽部部員たちに「匿って」と言った芦屋恭子に対して「また」、とか「やれやれ」とかが口々に聞こえてきた。私と芦屋恭子は部屋の奥の楽器に埋もれるようにして隠れた。  部屋に押し掛けてきた教員は吹奏楽部部員に「変態」だのなんだのと押し返されていった。「もう大丈夫だよ」そう声をかけられた芦屋恭子は周囲を見渡しながら「ありがとう」と言い、次回は割引しといてあげる、と軽口を叩いていた。 「というか、後ろの子」 辺りの吹奏楽部部員たちが弥伊子の存在に注目し始めた。 「あー、少しくずれちゃったな、あたしもまだまだだ」 「そうじゃなくて、誰?超絶かわいいじゃん」 弥伊子はその言葉が自分に向けられたものだと気づくまでに時間を要した。 「あ、この子はダメ、秘密兵器だから」 「なにそれ?」 芦屋恭子はまた弥伊子の腕を掴むと、吹奏楽部部員らに別れを告げて、音楽準備室らしき部屋を飛び出していった。
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