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弥伊子は広い校舎の中で、一人の生徒を探す無謀さに改めて気づかさせられた。やはり人のいる内にクラスを訪ねるべきだったのだろうか。いや、それでは獅童宰都と鉢合わせてしまう。それではダメなのだ。今の自分の姿を獅童宰都に見せることに猛烈な抵抗感を感じた。日の暮れ始めた学内は人の気配が減り、一人歩く弥伊子を侘しい気持ちにさせた。こんなことなら、真澄も残ってもらえばよかった。落ち込みはじめた弥伊子の視線が自然と足元を向いていく。遠くに聞こえる吹奏楽部の練習がより一層孤独感を感じさせた。そんなときだ。
「今日は逃がさないぞ」
教師の声が聞こえた。昨日の男性教諭だ。ということは追われているのは、芦屋恭子に違いない。弥伊子は頭を上げて声の聞こえる方へ校舎を駆けた。上の階だろうか、弥伊子は耳をすまして物音を聞いた。教諭の声はやはり上の階から聞こえた。弥伊子は階段を駆け上がる。弥伊子はもともと運動はそれほど得意ではない。すでに息が上がり始めていた。弥伊子は声を追いかけた。視線の先に例の教諭が両手を膝について肩で息をしている。どうやら芦屋恭子に撒かれたらしい。弥伊子は教諭に目もくれず先へ走り抜けた。
「お前、、廊下を、走るん、じゃ」
教諭のきれぎれの声が聞こえた気がしたが、構っている暇はなかった。芦屋恭子はどこへ行ったのか。階段へ差し掛かる。上か、下か。弥伊子は芦屋恭子のことを考える。彼女は、彼女なら。
弥伊子は扉が開いたことに驚いた。屋上は施錠されているはずだ。開いた扉を見たが、自分の目的を思い出して前を見た。
「驚いたな、ここに人が来たのは始めてだ」
芦屋恭子がそこに立っていた。
「あの、、私、は、」
弥伊子は息も絶え絶えで言葉がでてこない。言わなくてはならないことがあったのに。
「君は、昨日の子じゃないか。君の方から出向いてくれるとは、昨日連絡先を聞きそびれたと頭を抱えていたところだったんだ」
「へ、連絡先、、?」
弥伊子はまだ呼吸が落ち着かなかった。
「今日は聞かせてもらうよ。君も私に要があったみたいだしね」
「わ、私、、私は、南洞、弥伊子」
弥伊子は苦しい胸を押さえながら話した。
「ああ、これは失礼名乗ってなかったかな。私は芦屋恭子だ」
「知ってる、」
「え、あそう。そうか。まあよろしく弥伊子」
「よろしく、、お願い、します」
弥伊子は少しだけ落ち着いた呼吸を取り戻しながら、汗だくの自分に気づいた。こんなに運動したのはいついらいだろう。こんなに、何かを求めたことはいつぶりだろう。
「芦屋恭子、私にもう一度メイクを、してください」
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