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「ど、どうぞ」
そう言って差し出したのは、猫様がご所望になったクリームシチュー。スマホでレシピを調べて、足りない食材は近くのスーパーに行って買ってきた。
「にんじんの大きさが見事にバラバラだな」
猫様は深めのお皿に出されたクリームシチューを見ながら、ぽつりと呟く。
「だってお腹の中に入っちゃったら形なんて関係なくないですか?」
「だから、適当でいいと。なるほど、お前の性格はだいたい理解した」
にんじん一つで、そんなことが分かるなんて「さすが猫様」だなんて変なところに関心してしまう。
「いただきます」
律儀にそう言ってからぺろりとシチューに口をつける猫様。味はどうかと、ドキドキしながら感想を待つ。すると
「……まあ、悪くない」
そっけなく呟かれた言葉に、頬がゆるんだ。そのまま食べ続けているところを見るに、どうやらわたしのシチューは猫様のお気に召したようだ。
とにかく猫でも何でも、誰かに褒められるのは普通に嬉しい。
「えへへ、頑張って作った甲斐がありました。一人暮らしだと、食べてくれる人もいないから」
言いながら、わたしも自分用のクリームシチューに手を伸ばす。休みの朝から料理をつくるなんて久々だったけど、なんだか気分はとてもいい。
「ところで、猫様には名前はあるんですか?」
食事を終えて、皿洗いをしているとき、ソファで優雅にくつろぐ猫様を見ながら、ふと疑問に思ったことを尋ねてみた。
「名前はない。別になくたって困らないだろ」
そのあと「ずっといるわけじゃるまいし」と継いだ猫様に、わたしは「いてくれないんですか⁈」と声を上げる。すると、猫様は呆れたような視線を向けてきた。
「逆に聞くが、なぜお前の中で俺様がここに居座る展開になってるんだ」
「な、何となく……。だって、一人暮らしって寂しいから。猫様がこのままいてくれたら、嬉しいなって思って」
昨日抱き上げたときの体温や、こうやって自分の家で誰かと話ができること。それが思った以上に心地よかったのだ。
「だめ、ですか……?」
そう尋ねると、切れ長の鋭い瞳にじっと見つめられる。しばしの沈黙。
「……しばらく世話になるだけだからな」
ふいと視線を外され、ぶっきらぼうな言葉が返ってきた。それに対して、わたしが「やった‼︎」と飛び上がって喜んでいたら、「近所迷惑だろ。静かにしろ」なんてお母さんみたいな声が飛んでくる。
「すみません、つい嬉しくて。でも、そうなるとやっぱり名前があった方がいいですよね……」
「名前がない」ってことは、飼い猫だったわけではなさそうだけど、あまり聞かれたくなさそうな雰囲気だったから深く突っ込めなかった。けれど、このまま「猫様」と呼ぶわけにもいかない。呼びかけるときには、名前があった方が便利だろう。
わたしは蛇口の水を止めてタオルで手を拭くと、ソファに寝そべる猫様のもとに近づいた。
「なんだ」
深い蒼色の目がじっとわたしを見つめ返す。綺麗な目だ。
「じゃあ、わたしが名前決めてもいいですか?」
わたしが聞くと、猫様は少し驚いたような表情を見せた、ような気がする。
「……好きにしろ」
また、ふいっと視線を外された。今度は照れてるのかな。わたしはふふ、と笑ってその艶やかな黒い毛に手を伸ばす。
「夏の海みたいに綺麗な目をしてるから夏の目、カタカナでナツメってのはどうですか?」
ぽんぽんと頭を撫でながら、にこりと笑う。我ながらいい名前だと思う。それに対して、
「なんとも安直な名前だな」
と、そっぽ向く猫様、もといナツメ。だけど、その尻尾がゆらゆらと揺れていることに気づくと、わたしの笑みはさらに深くなった。
「じゃあ、よろしくね。ナツメ!」
「わかったから、ぐしゃぐしゃ撫でるのはやめろ! 毛がボサボサになるだろ!」
「はいはい」
「『はい』は一回だ!」
「は〜い」
「ふぬけた返事するんじゃねぇ!」
休日のおだやかな朝。空は昨日と打って変わって雲一つなく、いい天気だ。何をやっても上手くいかなかった昨日の沈んだ気持ちはすっかり鳴りを潜めて、この天気のように晴れ晴れとした気分。
わたしと喋る俺様猫、ナツメの奇妙な共同生活は始まったばかり。これからどんな日々が待ち受けているのかは、また別の機会に話すとしよう。
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