それは幼い時から始まる

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それは幼い時から始まる

     「ち•よ•こ•れ•い•と! あはは、僕の勝ち」 「僕、じゃんけん弱いから、いつも負けちゃう……」  慌てて、リュウヤは真宙(まひろ)に駆け寄って頭を撫でる。 色素の薄い茶色い髪の毛に触ると、サラサラとしていて自分の硬い真っ黒な髪の毛と違って驚いた。  「りゅうや君、優しいね」 僕を見上げた真宙くんの目は、涙が溜まっていてキラキラしていた。撫でながらドキドキしてしまった。    五才。 柳沢(やなぎさわ)リュウヤが、中林 真宙(なかばやし まひろ)に惚れてしまった瞬間だ。    あれから十三年。 高校三年生になった。変わらずに真宙とは『親友』をやっている。  「お早うー。真宙(まひろ)」 家は近所で、子供の頃から家族ぐるみの付き合い。向かう学校はいつも同じ方向。 「お早う、リュウヤ……わっ!」 後ろから真宙の肩に腕を回して、スキあれば密着する俺。  「……重い」 俺の顔とは反対側に、プイと顔を背けてしまった。 「悪い、悪い」 残念だけど顔が見えないのは寂しいから、仕方なく腕を肩から下ろした。  俺とは違う、サラサラとした茶色い髪の毛。ツンツンした俺の硬い真っ黒な髪の毛とは違って羨ましい。高い位置から見下ろして、真宙の整った顔に見惚れていた。  「リュウヤくーん! お早う!」 「あ、立花さん。お早う」 同じクラスの立花さんだ。部活のマネージャーで、俺はよく怪我をしてお世話になっている。  「はい。義理チョコあげる! 味わって食べてね!」 そう言って笑顔で俺に義理チョコを渡して来た。 「お? 義理チョコでも嬉しいよ。ありがとう! 立花!」 何気なく、何も考えずに義理チョコ 皆と同じチョコと思って受け取った。  「倍返しだからねー!」 立花さんはそう言って、走って先に行った。 「分かったー!」 チョコは好きなのでありがたい。運動すると糖分を欲する。  ふと、真宙を見ると様子がおかしい。 「真宙? どうした?」 うつむいていた真宙に話しかける。   「えっ。ああ。ごめん。ちょっと用事を思い出したから先に行くね」 「え? 真宙?」  真宙は俺の返事も聞かないまま、走り出してしまった。  「えっ? 待て、真宙!」 真宙を追いかけて行くが校舎の中へ入って先に行ってしまった。まあ、同じクラスだから行けば会うけど。  教室に入ると真宙は、クラスの女子からたくさんチョコを貰っていた。真宙は優しいので、女子から人気がある。あるけど……。モヤモヤする。   そう言えば真宙は好きな子、いるのかな? バレンタインデーがきっかけで、付き合ったりして……。  バチッ! と真宙と目が合った。ヤバ……。ジッと見すぎたかな。 「まひ……」 フイ……と顔を逸らされてしまった。何で?  何か、俺? 嫌われる事……したか。密着しすぎたか。  授業が始まり、俺は落ち込んだ。 チラチラと真宙を、離れた斜め後ろから頬杖しながら見ていた。  少し背が低くて、それが嫌で毎日牛乳を飲んでいる真宙。俺が課題をすっかり忘れた時は「仕方がないなぁ」と言ってノートを写させてくれた。  俺に勉強では負けたくないと言って、一生懸命勉強をして学年一位になったけれど無理して廊下で倒れたっけ。俺が側にいたから抱き上げて保健室に連れて行けたけど(他人が運んだら許さん)体重軽かったな。  幼稚園からの親友。大好きな、トモダチ。 俺が悪かったから、謝ろう。  お昼休み。 いつもの様に一緒にお昼ご飯を食べようと真宙を探した。けれど、教室に居なかった。  「真宙、知らない?」 直ぐ側にいた、クラスの人に聞いてみた。  「あー。真宙君、隣のクラスの女子に呼び出されていたよー? 告白じゃないかな?」 「ねー? 多分、告白だよー」 キャッキャと楽しそうに二人は笑っている。  「ありがと」 礼だけ言って離れた。  そっかぁ。告白されているのか。 付き合うのか。もう、隣にはいられないのか。  トボトボと落ち込んでめったに人が来ない、狭くてジメッとした用具入れ倉庫の裏に座った。  死ぬわけじゃないけれど、走馬灯のように真宙との思い出が浮かんでは消えて行く。  「リュウヤ? 何でそんな所にいるんだ?」 体育座りをしていた、たぶん誰からも見つけられない場所にいたのに真宙は俺を見つけて話しかけてきた。 「へっ!? 何で? 真宙、お前……」  告白されたんだろう? ――その事が言えなかった。  体育座りしながら、いつもと反対に真宙を見上げていた。 「お昼ごはん、食べた?」 真宙が俺にお昼ごはんを食べたか聞いてきた。  「いや、まだ。――わっ!?」 「……こっち」 真宙に腕を引っ張られて立たされた。  グイグイと腕を掴まれて、連れて行かれた。 「真宙? どこに。」 無言で歩いている。どうやら行き先は、真宙が部長をしていた美術室の隣の美術準備室らしい。  カチャカチャと鍵を開けて中へ入った。美術部責任者として鍵を持っているらしい。  「リュウヤ」 掴んでいた手を離して、イーゼルにのせている絵にかかっていた布を取った。  「これ……」  俺の絵だった。 サッカーをしている絵で、ボールでドリブルしている俺を描いてくれていた。  汗をかいて、でも一生懸命ボールを追いかけて走っている。もう部活は引退したので、学校のグランドを走ることはない。思い出になった。  だが、この絵は一生懸命サッカーをしていた俺を見事に描いている。 「真宙……これ、「好きだよ。リュウヤ、ずっと」」  振り返り、真宙は俺に話しかけた。 俺を……、好き? ずっと?  「俺をずっと好きだった?」  聞き違い、だろうか。あまりにも自分に都合が良すぎて、幻聴だったかと疑う。  「好き、だった。気持ち悪かったら、ゴメン。……卒業したら、もう会わないから」 「なんで!?」  つい、大声を出してしまった。 驚いた顔の真宙。 「え、いや、だって? 女子に告白されて付き合うんじゃないのか??」 クラスの女子に聞いた。と真宙に言った。  「確かに告白はされたけど?」  やっぱり告白されたのか。 真宙には隠れたファンがいるって、噂で聞いた事があった。 「"好きな人がいるから"って、断った」  真宙は真っ直ぐに俺を見て言った。 「"好きな人"って、リュウヤだよ」  好きな人って、リュウヤ だよ。 今度は聞き違いじゃない。俺を、好き なのか。  「はぁっ……。言ってスッキリした。じゃリュウヤ、先に行くね」 描いてくれた絵に布をかけ直して、部屋から出ようとした。 「待って」  腕を掴んだのは俺。  「返事は聞かないのかよ?」 自分でも、顔が赤くなっているのが分かるほど耳が熱い。 「リュウヤ」 振り返って俺の言葉を待っている。恥ずかしいけど、先に俺を好きだと言ってくれた。  腕を掴んだまま、ゴクリとつばを飲み込みドキドキしている心臓の音を落ち着かせながら勇気を出して真宙に伝える。  「お、俺も、ずっと好きだった」  真宙は驚いたように目と口を大きく開けていた。 「そんなに意外だったのか? 幼稚園の頃から……。一緒に遊んでいた時に惚れた。ずっと、だ」 俺は真宙の腕から掴んでいた手を離して、真宙の両手を握った。  「好きだ、真宙」  「二人とも、同じ時に好きになっていたんだね」 笑顔の真宙の瞳は少し潤んでいる。 「嬉しい」   か、可愛い。頬をピンク色に染めて上目遣いに俺を見る真宙。  「真宙」 「ん?」 ガバリと両手で真宙を囲んだ。  「俺も嬉しい」  午後は結局、サボってしまった。 壁際にもたれながら体育座りして並んで俺達は、今までの事を話していた。  朝に真宙が機嫌が悪くなったのは、目の前で真宙以外の人からチョコレートを()()で受け取っているのを見たから、と話してくれた。  「ヤキモチ?」 そう聞くと、コクンと頷いて脚と脚の間に顔を隠した。  「くっ、可愛い」 「えっ?」 しまった。声に出てしまった。  「真宙はいつでも可愛い」 もう、我慢しなくていいよな? そう真宙に言うと照れていた。   「あ、リュウヤ。バレンタインデーのチョコレートあげる」 立ち上がってロッカーから取り出したのは、手提げ袋に入ったもの。  「俺に?」 「うん。今年は絶対に渡そうと思っていた」  手提げ袋の中を見ると綺麗にラッピングされた箱。 「もしかして、手作りだったりして?」 真宙は何でも器用に出来る。運動以外は。 「うん。毎年、作っていたけど渡せなくて」  それを聞いて、毎年作ってくれていたことに感動したけど。 「もったいない! これから絶対に、俺にください!」 つい、必死になってしまった。  だって、ずっと好きだった真宙から好きだと言って貰って、さらにバレンタインデーのチョコレートまで(しかも手作り!)貰って浮かれない奴はいるのか!?  「プッ。分かった」 笑いながら真宙は頷いた。俺達はまた部屋の端っこに並んで、体育座りをした。  「開けていい?」 どうぞ、と言う真宙の返事の前に、リボンを取り箱を開けた。真宙はクスクスと笑っている。  「うぉっ!? は、ハートじゃん!! 嬉しい!」 かぱっと開けると、そこには大きなハートのチョコレート。  色々飾ってあって、お店より上手だ。 「スゲー! 上手だな! 食べていい?」 「うん」 家に帰ってからゆっくりと食べるのも良いけど、一緒に分け合って食べたい。  パキッと少し端を割って口に入れる。 「うまい」 「本当? 良かった」  「……真宙、アーン?」 また端を割って指で挟んで、真宙の口に持って行く。 「え」 戸惑っている真宙も可愛い。  「恋人同士は、必ずアーンってするんだぞ?」 冗談交じりで言ってみた。 「……あ、アーン?」 真宙は小さな口をアーンと開けた。  俺の胸に クリティカルヒット した。  表面的に俺に湧き上がる "LOVE"を隠してそっとチョコを挟んた指を、真宙の口の中に入れた。  「あ、良かった。美味しく出来てる」 ずっと、もぐもぐと小動物みたいな食べ方の真宙を見ていたい。  「真宙」 呼んで、動きをとめた。  同じ、チョコレートの味がした。              おわり。
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