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1.
柴本が発見されたのは、行方が知れなくなってから10日が過ぎた頃だった。
連絡が入るや、わたしは仕事を放り出し、同居人が保護されている病院へと駆けつけた。
シェアハウスをはじめてから2ヶ月あまり、残暑厳しい8月末のある日。
いつもならば夕方には帰って来る筈なのに、その日は、翌日になっても帰って来なかった。
はじめての失踪。
この頃、まだわたしは彼の仕事について殆ど知らなかったものの、いつ戻るのかと通信アプリから送ったメッセージに、既読マークすら付かないのはおかしいと思った。
それで、警察に捜索願を出すとともに、家中を隅々まで引っかき回し、出て来た連絡先に片っ端からコンタクトを取って行方を追った。
家主であり、当時、南米の某国に赴任中だった眞壁走汰氏は、地球の裏側で暮らす居候からの報せに驚いたようだったが、あれこれと助けてくれた。
思い返せばたったの10日だったが、当時のわたしには、ひどく長いように感じられた。
**********
「いや、ごめんな。ちょっと今回の依頼主が悪いヤツでよ」
行方をくらます前とまったく変わりの無い、へらへらとした笑みを浮かべる獣人――犬狼族の姿は、とても10日も古いマンションの一室に監禁されていたようには見えなかった。
ただ、警察に発見されたときには、口にするのも憚られるほど血とも汚物ともつかぬものに塗れていたようである。
なお、駆けつけた警察官に発した第一声は
『こんな感じなんで、シャワー貸してくれませんかね?
あと着替えも』
だったらしい。
この人騒がせな男、柴本光義は便利屋だ。
人々の頼み事を、だいたい法律に違反しない範囲で聞いては、有償で解決してゆく。
彼のもとにはおかしな依頼ばかりが舞い込んでくるけれど、今回は悪霊退治――というのは方便で、実際のところは悪霊か何かを作るための生贄にされかけたらしいのだから、珍しいで済む話ではない。
これは、莫大な報酬に目が眩んだせいで、稀に見る類の災難に見舞われた男の話である。
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