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2.
天然と名乗る男が依頼に訪れたのは、ちょうど10日前であった。
剃髪し、仏僧のような墨染めの衣を纏った人間種の男性で、やせ形で背が高く、くねくねとした物腰が印象的だったという。
「ンフフフ♡ 評判はネット上で拝見しておりましたがン♡
ン噂以上のようですねン♡」
「はぁ、そいつぁどうも」
会って早々浴びせられた粘着質な視線が気持ち悪かったとのことである。
悪霊退治の助手をやって欲しい。本人と会うより先に送られてきたメールには、そのような旨が記してあった。
当初は断ろうと思ったが、提示された報酬の破格さから、とりあえず話だけでも聞いてみたくなったのだという。
結論から言えば、それが間違いだったのだが。
「えーっと、今回の依頼は『事故物件の悪霊退治』とのことですが」
「ハイ♡ お間違いございませン♡」
顔全体に笑みを貼り付かせた僧形の男を、柴本は胡散臭いと思いながら見た。
けれども、うっすらと白檀の香を纏った男からは、怒りや憎しみといった攻撃的な感情の匂いは一切感じられなかった。
獣よけの香水――異種族恐怖症の人間たちが使う、獣人の感覚を狂わせる香水――の頭が痛くなるような感じもなかったと、後に語っている。
そんなわけで、天然と名乗る男に対し、柴本は早々に警戒を解いた。
「あー、おれはその筋の専門家じゃないんですが」
「ンフフフフ♡ ンまったく問題ございませン♡
ン本当に危険な場所はン♡
やつがれがお引き受け致します故ン♡」
「やっぱり危険なんすね」
「ン残念ながら。
封筒貼りの内職やお刺身にタンポポ乗せるバイトと同じくらい安全とは申し上げることは出来ませぬ♡
危険手当も含めたお値段と考えていただければ♡」
「うーん」
改めて提示された金額を見る。
たった1回の仕事で、数ヶ月かけて稼ぐのと同じくらいの額であった。にもかかわらず、拘束時間はわずか数日。
目の前の男からは悪意や嘘の匂いは微塵も感じられない。
「あ、お支払いの方法は?」
待ってましたとばかりに、男はアタッシュケースを机の上に乗せ、ぎっしりと札束の詰まった中身を柴本に見せた。
「現金も♡ 可能でございますン♡」
「分かりました。提示された額でお引き受け致しましょう。
あ、現金決済でお願いします!」
このとき柴本は、すっかり金に目が眩んでいた。
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