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3.
特別な準備など必要ないという天然の言葉に従い、柴本はそのまま目的地へと向かった。
車でだいたい20分あまり。河都市古森区岩降町にある鉄筋コンクリート3階建ての集合住宅。
40年以上昔に立てられたと思しきその建物は、外壁は汚れたまま放置され、窓という窓には木の板が打ち付けられていた。
「さぁ、こちらでございますン♡」
僧形の男に案内されるまま、共用の階段で2階へと上がってゆく。
「ささ♡ どうぞ♡」
202号室と記されたドアを開け、入るように促され柴本は
「あ、おれから入るんですね」
「ええ♡ 危険手当も含めた額ですので♡
あ、中は汚れていますので、靴は脱がなくて結構です」
報酬について言及されれば何も言えず、観念してドアの中へと入った。
窓という窓に板が打ち付けられた室内は真っ暗だった。血や肉、あるいは排泄物が混じり、それらが腐ったような饐えた臭いが鼻をついた。
残暑厳しい8月末である。莫大な報酬に目が眩んだことを心底から悔いた柴本だったが、既に手遅れだった。
「うぇっ、何だこれ」
鼻を押さえて入ってくる量を調整しながら、匂いを嗅ぎ分けるよう試みる。
吐き気を催すような悪臭に混じって、かすかに感情が動く匂い――憎しみや怒りに似ていた――を捉えた。
それが何なのかを考えようとしたとき、後ろでカチャリと音がした。
「なんだ?」
振り向くとドアが閉まっている。
「おいおい、冗談キツいぜ」
開けようとしたところで、ドアノブそのものがないことに気がついた。
ドアノブは内側から開けられないように取り外され、鍵もまた中から開けられないように細工がされている。
「ウッフッフッフッフッフッフッフ♡」
ドアの向こうからは、心底嬉しそうな依頼人の笑い声。
「何だこれ? ヘンな冗談は止して、開けてくれよ」
「ご心配なく♡ 半月ほど経ったら開けます故♡
ではまたウッフッフッフッフッフ♡」
「待ちやがれテメェっ! ――くそっ!」
雪駄履きの足音が遠ざかってゆくのに、悪態をつく以外に何も出来なかった。
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