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 鉄製のドアは固く閉ざされ、蹴破ることなど出来そうにない。  いつまでも突っ立っている訳にも行かず、室内の探索を開始した。    2LDKの間取りである。廊下の突き当りには、リビングとダイニング・キッチンが一緒になった広めの部屋。他には小部屋が2つ。あとは風呂場とトイレか。  どの部屋も窓は丹念に板で塞がれていた。試しに蹴ってみたがびくともせず、それで今度は椅子を叩きつけたところ、粉々に砕け散ったのは椅子の方だった。   「あンのクソ坊主、騙しやがって!」  この場にいない男に悪態をつきながら、手にした椅子の脚を投げ捨てた。  思い返せば旨すぎる話だった。異常な額の報酬に対して『誰にでも出来る簡単なお仕事です♡』のフレーズ。    部屋のあちらこちらから、自分に無数の目線を向けている何かに対し、柴本は向き直る。  意を決して、血とも汚物とも判然としない何かが撒き散らされたリビングの床に、片膝をついて座った。    えずきそうになる悪臭と怒りの匂いの中、好奇の匂いがかすかに、けれども確かに湧いてきたのを柴本は鼻で捉えた。  悪臭に鈍麻してきた鼻には、辺りを漂う感情の匂いはひどく単純に――生きている人々に比べれば――嗅ぎ取れたという。   「幽霊の あれこれ見たり――なんだっけ?」  残念ながら『幽霊の』しか合っていない。    正しくは『正体見たり 枯れ尾花』であろう。たぶん。  格好つけてみようとしたらしいが、3行以上並んだ文字列を見ると眠くなるスペックの頭では、これが限界のようだ。    知識は残念でも、勘が良く器用なのが柴本という男だ。どうすれば良いのか大掴みには出来たらしい。  悪臭に淀んだ空気を肺一杯に吸い込み、腹の底、丹田に力を込める。それから、遠吠えのように大きく吼えた。 「オオオオオオオォォォォォゥ!!!!」  狼吼(ろうこう)。古来より彼ら獣人たちにより培われ、柴本が幼い頃より修めてきた武技のひとつである。    流派によって猿叫(えんきょう)あるいは竜哮(ドラゴンハウル)など様々な呼び名があるが、いずれも同じ――大音響の掛け声あるいは叫び声で、相手を威服(いふく)させるのだ。    読み通り、腐臭とともに漂っていた怒りの匂いは瞬く間に吹き散らされ、あとには怯えの匂いが残った。
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