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「なぁ。アンタ方も、やっぱりあのクソ坊主に騙されちまったクチかい?」    闇の中、くろぐろとわだかまるモノに言葉をかける。   口調は穏やかに、けれども、腹の底――丹田に力を込めて、脅し付けるように意識した。  闇の先を見通すように睨み付ける。目には見えないけれど、何かが確かに潜んでいるのが、感情の揺れ動く匂いで分かった。   「今、ヒマだろ? おれもだよ。  折角だからちょっと話でもしねぇか?」  怯えに混じり、ほんの微かだが確かに好奇の匂いを感じ取れた。  感情の動きはシンプルで、人類(ひと)――人間および獣人、その他少数種族あるいは準人類種よりも、動物に近い。  怒り一色から刻々と様相を変えて行く匂いを鼻に感じながら、柴本は次の言葉を考えた。  すでに腐臭には鼻が慣れてしまっていたから、感情の匂いだけを嗅ぎ分けるのは容易(たやす)かった。 「それにしても、災難だよなぁ。――よ」    くろぐろとした闇の奥、怯えの匂いは更に薄れた。  代わりに好奇が強まり、そこに親愛の情にも似た匂いが混じった。彼ら――いや、"それ"らは自分を仲間と認識し始めたらしいと確信しながら、言葉を続けた。 「悔しいよな。  こんな狭っちい場所に閉じ込められちまってよ。  それで怒ってたんだろ。分かるぜ。こんな場所じゃどうしてもイライラしちまうよな。おれもだよ」    息を吸って吐く。好奇に親愛の情。小さな鳥や動物が自分の側に集まって来ているように、柴本のには感じ取れた。 「今のこれ、マンガで読んだことがあるんだ。  最近、一緒に暮らし始めたヤツがいて、部屋の掃除頼まれたときに借りて読ませてもらったんだけどよ。  こんな感じで、小さな壺とか箱とかに虫とか色んな生き物閉じ込めてな。そんで、殺し合いさせるんだ。  で、最後まで生き残ってたヤツをまじないに使うって。  確か、なんとか毒――ああ、思い出した。  とかって呼ぶんだってな」    正しくは蠱毒(こどく)である。残念ながら漢字の読みは覚えられなかったようだが、他はだいたい合っている。  真偽はさておき、彼のまわりに集まっている連中は、どうやら信じたようであった。   「そんなんで良いと思うか?  あんなモヤシ野郎に良いようにされたままでよ。  騙されて。閉じ込められて。殺し合いさせられてよ。  で、死んだ後もコキ使われる。  つまらねぇよな。それで、だ」  また言葉を切って、辺りの暗闇を見回すもとい。同じ気持ち――統制の取れた群が、すぐそこにいた。  皆、の次の言葉を待っているようだった。    暗闇のそこかしこから歓喜の匂いが漂うのを鼻で感じながら、柴本はその場に胡坐(あぐら)をかいて言葉を続けた。  ぐちゃり、と何かがつぶれる湿った感触があったが、もう気にならなくなっていた。 「あいつに仕返ししてやる気はねぇか?  おれたち、ひとつの"群れ"になってよ。  間違いなく、ここに戻ってくる。  そのときにやり返してやろうぜ。  おれは絶対外に出る。お前らも一緒だ。  だから――おれに力を貸してくれ」    黒い霧のようなものは一層濃くなった。  鼻や口から自分の中へと這入り込んで来るそれらを残らず呑み込むと、まるで自分の身体が大きくなったかのように錯覚した。    強烈な眠気に似た感覚が押し寄せてくる。  同時に、下腹の奥に静かに赤々と熱を放つ、炭の火にも似た"怒り"を感じた。  それら全てを自分の一部として受け入れ、目を閉じ、深く息を吸っては吐いてを繰り返し続けた。
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