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6.

 ぎぃ、とドアが(かし)ぐ音で覚醒した。  光。  暗闇に慣れたせいで、ごく僅かな明かりでさえ、ひどく眩しく感じた。    ざり。ざり。  雪駄が床を踏む音が近づいてくる。   「まったく、誰も彼も。  道理の分からぬ輩ばかりで困ったものだ」  声の主を薄目で。自分をここに閉じ込めたクソ坊主――天然とすぐに分かった。が、閉じ込められる前と何かが違う。   「凡俗どもの邪魔が入ったせいで、ここで切り上げねばならぬとは。――口惜しいが、今でも中々の出来栄えのようだ」  言い表せない感覚の違いに困惑していると、天然が胡坐をかいたまま身じろぎひとつしないに触れようとするのが見えた。   『触んな』  意識に呼応して、黒い霧とも煙ともつかぬものが腕のような形になって軽く払った。  僧形の長身は軽々と吹っ飛び、壁に叩きつけられた。   「がはっ!? い、一体何が? ――ひぃっ!」  よろめきながら身を起こそうとした天然は、柴本を腰を抜かしたまま凍り付いた。  ようやく、自分の目線が天井近くにあることに気付いた。(へそ)を見る要領で下に意識を向けると、黒い煙の底、胡坐をかいたまま動かない自分の身体があった。   『何だこりゃ?』  声もおかしい。けれど、考えるのは後にしようと思った。男は墨染の衣が汚物に塗れるにも構わず、腰を抜かしたまま逃げようとしている。    『逃がすかよ』  自分のものではない腕を伸ばして鷲掴みにし、力を込める。   「ぎゃん!」  手の中に呻き声。  幼い頃、川で魚を捕まえたのを思い出した。    が必死で暴れている。獲物が放散する恐怖の匂いの、何とも言えない甘美さ心地よさ。  自分を形作る沢山のものが、悦びにざわめくのを感じ――吐き気にも似た嫌悪を感じた。   「なんだよ、」  吐き捨てるように呟く。末梢として連なっているものたちが反発し、胃の中身がひっくり返るような感覚に陥った。  昂揚(アドレナリン)の匂い()せ返る中、殴り殴られるのがのであって、一方的な暴力など。 『もういいや。飽きた。  あとは自由だ。好きにしようぜ。解散、解散っと』  自分を大きく()り合わせていた一部が、するすると(ほど)けてゆくのを意識する。  それらは、黒煙のような手に握り込んだ生き物へと這入り込んでゆく。   「――あ!――ぎぃっ!?」  霊体が形作る手の感覚が薄れてゆく中、僧形の男が身悶えするのを感じた。強い恐怖の匂い。けれども、今度は微塵も心を動かされることはなかった。  獲物を掴んでいた感覚が失せた頃、墨染の衣を汚した男はよたよたと立ち上がり   「ば、化け物ぉー!!」  裾を何度ももつれさせ、情けなく転びかけながら逃げ出していった。   「なんだ今の。自己紹介か?」  自分の喉から出た声がひどく(かす)れていることに、柴本は少しだけ驚いた。  目線は胡坐をかいた高さに戻っていた。手を動かすと、今度は自分の手が動いた。   「こらしょ、と。うー、いてて。  あー、なんかすっげぇ汚れてら」  こわばった足腰が痛むのに文句を言いながら立ち上がったとき、パトカーのサイレンが近付いてくるのが聞こえた。
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