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第4話 草食系異世界男子の、身の上。 その2
アタシはショットグラスの中身を一気に口に含むと、ナヨチンの頭を掴んで持ち上げ、思い切り口付けして中身をナヨチンに送り込んでやった。
ナヨチンはゴクリと飲み込むと、ブフォッと盛大にむせ込んだ。
ナヨチンが吐き出して霧状になった酒が、アタシの顔にかかる。
もったいねーな、まったく。
「オイオイ、お前は躾がなってねえな。こいつは結構ここの酒場じゃ良い値がするんだぜ。奢ってやってんのによお」
アタシは思いっきりむせ込んでるナヨチンの背中をピシャッと叩いた。
「こんな度数高い酒飲まされたことないんで……ゲホッ」
ナヨチンが少しむせ込みが収まったのかそう言葉を絞り出す。
まったく、多分元いた世界じゃ端正な顔なんだろうが、粘液まみれでゴホゴホむせて鼻水垂らしてりゃ、形無しってもんだろう。
骸骨ジェイク「何だ、まだママのおっぱいが恋しい年か?」
ジェニー「ママのおっぱいにしゃぶりつきたくてもぉ、年がいっちゃって外面気にしてんじゃないのぉ?」
アタシ「ママのおっぱい代わりに他の女のおっぱいしゃぶろうとしてんだな! そんであんなナヨっちいこと言って気をひいてんだろうが! どうなんだ、吐けよ」
「何で初対面で、そんな責められなきゃならないんですか……」
ナヨチンは弱々しくそう返答する。
プライドはいっちょ前だ。
「オマエ、前に居た世界って、チキュウのニホンってとこだろ?」
骸骨ジェイクがコイツにそう聞く。
アタシは普段鍛冶場こもりが長いんで、あんま頻繁には異世界人を見かけないが、客商売の骸骨ジェイクとジェニーは結構見かけているから詳しい。
「は、はい、そうです……」
「やっぱりな、わっかりやすいんだよニホン人てのは」
「何でわかるんですか……」
「オマエが着てたのって、コーコーのセーフクだろ? 今は見事にパン1だけどよ。何かここ数年、オマエラみたいな奴らが増えたんだ。なんかチキュウのどっかカンパニー? がコッチの世界に送って来るらしいんだよな」
「転移したてのニホン人は肌のキメが細かくてぇ、香りもいい香りがするから抱いてて気持ちいいのよねぇ。それこそ食べちゃいたいくらいよぉ」
「まったくよぉ、毎日風呂だのシャワーだの、ニホン人は生活自体がナヨってんだよな。コッチ来て最初に言うのはだいたいソレだ。無えっつうとえらく呆れて他の宿探すっつーんだけどな、この町じゃあ他の宿だって風呂なんて無えよ。チキュウの他のクニのドイツだのスイスだのって奴らだとそんなこと言わねーのによ」
「あらあ、私はこっちのヒューマンとさほど変わらないドイツ人とかフランス人だとかよりもニホン人、好きよぉ。でもぉ、体毛が濃いと、それはそれで変わった刺激になっていいけどぉ」
「ジェニーの好みの話なんざ聞いてねえっつの! オイナヨチン、オマエコッチに何しに来たんだよ! まさかあんなナヨッちい話でコッチの女引っかけて連れ帰ろうとかってんじゃねぇだろうな! それならこの世界ナメ過ぎてるぞ」
「……貴方々には僕の気持ちなんて……」
まーた、ナヨかよ。
コイツ、それしかコミュニケーションの方法知らないのか?
面倒くせえな。
「オイ、ちょっとお前、頭ん中でステータス・オープンって考えてみろ」
骸骨ジェイクが、ナヨ炸裂中のナヨチンに言う。
「何言ってんですか……そんなゲームみたいな事……」
「オマエみてーにこの世界に送られてくる奴って、だいたいその『ゲーム』ってのに馴染んでんじゃねーのか? 今までそう言って、絶対嘘だって最後まで言い張った奴、見た事ねえよ。なあ、騙されたと思ってやってみ、悪いようにはしねえから」
そう言う骸骨ジェイクを、ナヨチンはまじまじと見て……
「ステータス・オープン!」とヤケクソのように叫んだ。
ぽん、と鼓を打ったような音と共に、空中に半透明のステータス画面が現れる。
「えーっとぉ……」
骸骨ジェイクとジェニーがいるカウンターの内側からは逆さまに見えるから、ジェニーはまた器用にカウンターをニュルリと乗り越えてこっち側に来る。
もう興奮は収まったのか、粘液は分泌されていないので、カウンターも汚れやしない。
「ほいほい名前は一ノ瀬優斗、年齢18歳。所属流派なし、名声、悪名ともに0と。
ほんで統率53,武力25,政務72,智謀43,魅力……おお、凄えな、89か。んで野望が15ね。まあ野望の低さは想像ついてたな。
んで技能が……騎馬1、弓術1,建築1,算術2,弁舌3,礼法2,医術1か。舌が回るみてーだから納得だな。
おい、『カード』見せてみ、『カード』。ちょっと『カード』見たいって思え」
「カード!」
骸骨ジェイクに言われて不貞腐れたようにナヨチンは叫ぶ。
ステータス画面が切り替わり、『カード』の一覧が出る。
「ほいほい、個人戦カードが『剛弓』『銭投げ』、合戦カードが『火矢』『力攻め』『火攻め』『挑発』『鼓舞』おっ、意外にいいカード持ってるなオマエ『連携』あるじゃねえか。その他カードが『高僧人脈』『商工人脈』『徳政令』か。
おっ、俺も知らねえカードが2枚……『母性本能くすぐり』って何だ」
「あ、このカード最初にコイツが何か言ってた奴だわ! なになに……『全ての女性の庇護欲を2倍に上げる。いいことばかりじゃない』だとぉ?」
「あらぁ、レディアもそのカードにやられちゃったのねぇ」
「ったく、んな訳ねーだろ!」
「でもアタシだってぇ、一見の客とは思えないほど可愛いがりたいって思っちゃったしぃ」
ナヨチンに渡しちゃいけないカード筆頭じゃねえか。
あ、でも、前の世界でそんな生き方だったから、コッチに来たらそれがカードになったってことなのか。
「『母性本能くすぐり』はその他カードだな。
んで……知らねえもう一枚は、こりゃ個人戦カードだな。『鬼逆撫で』……『相手が平常心を保てないくらい逆撫でし、攻撃を自分一人に集める。その間防御力が剣聖並みになる』……これ、使い方によっちゃ、かなり強いカードじゃねえか?」
「あらぁ、アタシの本気の締め付けに耐えたのって、そのカードの効果なのかしらぁ? 最初にナヨったこと言ってたからぁ、ちょーっといつも以上に燃えちゃったんだけどぉ。そうよねぇ、男と女の個人戦だもんねぇ」
「おい、ちょっと画面切り替えて、オマエの『列伝』見せてみろよ」
骸骨ジェイクがそう言う。
骸骨ジェイクは裏側から見てるから文字も数字も全部裏返しなのによく読めるな、とアタシは感心した。
骸骨ジェイクはアタシのそんな視線に気づいたのか、「こーゆう商売だからよ、裏からステータス画面見るのなんざしょっちゅうで慣れてんだよ」とまた常連にしかわからないニヤリとした表情で言う。
ステータス画面が『列伝』に切り替わったので、アタシはそれを読む。
「えーっと何々……『2006年生まれ、ニホン国アヤタマ県の私立光栄学園3年生。部活は文芸部で、部長を務める。端正な顔立ちと穏やかな仕草で、一部の女生徒に絶大な人気を誇った。少々異性関係で問題があり、悩んだ両親によって本人に知らせることなく異世界に修行に出される。本人の不在期間は留学、長期に渡った場合は転校という名目になっている。元の世界に戻るにはどの道でも良いが〖天下一〗の称号を得る必要がある』……だってよ。
やっぱオマエナヨチンだったんだな。ご愁傷様」
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